6. 西の窓口
「ひょわあああああっ!!」
コメディばりの間の抜けた声がロビーに響き渡る。周囲の人混みは何事かとこちらに一瞬気を取られたが、すぐに状況を察して元の喧騒に戻っていった。きっと日常茶飯事なのだろう。
「まったく。そういういきなりのスキンシップはほどほどにしなさいっていつも言ってるでしょ。リエルちゃん怯えてるじゃないの」
ジュノさんが腰に手を当て呆れたように、私を強襲した人物をたしなめた。
「まあまあジュノさん。誰とでもフレンドリーに、が俺の生きる上でのモットーなんで。それに窓口担当なんてお客さんと仲良くしてなんぼの業務でしょ?」
そう言いながら彼は悪戯っぽくウィンクし、あわあわと硬直する私からパッと手を離した。慌ててジュノさんの後ろに隠れて距離を取り、パニックから抜け出した私は、一度深呼吸して気持ちを落ち着かせ、改めて彼の方を見る。
帽子と合わせた濃いカーキの服に、鮮やかな黄色い魔法服のローブを羽織っていて、いかにもスラッとした好青年といった感じ。この職場の基本装備ではないマフラーを巻いていたり、明るい茶色の髪を無造作に、でもきっちりとセットしていたり、相当おしゃれに気を遣っているようだ。かなり様になっている。
「っと、ジュノさんが今日も相変わらずお綺麗なのは別にいいんだよ。今問題なのは君だ。察するに、名前はリエルちゃんというんだね。俺の名前はマルク。中央図書館翻訳課だ。窓口管理課代表も兼任してるよ。以後お見知りおきをってね。あ、さっきは驚かせてしまってごめんよ」
そう言いながらマルクさんはスッとこちらに手を差し伸べる。握手をしようとしているらしい。私が顔と出された手を交互に見ながら躊躇ってる間も、ずっとニカっと笑ったまま待ってくれていた。片やインドア内気な私と、片や社交性の塊みたいなマルクさん。悪い人ではなさそうだけど、生きる世界がさっぱり違うのは明白だった。
「リエル・クレールと言います。よ、よろしくお願いしましゅ」
緊張で蚊の鳴くような声しか出せなかったし、なんならちょっと噛んだけど、なんとかそんな挨拶をしながら、おずおずと手を差し出す。マルクさんが私の手を優しく取って、なんとか握手が成立した。見ていたジュノさんがどこかホッとした表情を見せる。私そんなに心配されるほどビビってただろうか。……そんなにビビってたな。
「私からも改めて紹介するわね。この人は翻訳課と私達執筆課の窓口になってくれているマルク君。さっきみたいに、女の子に対してちょっとスキンシップが多めだけど、根はいい子で優秀だから、リエルちゃんも仲良くしてあげてね」
「ジュノさん何その説明。俺は上から下まで、表も裏も、いい子で優秀だってば。さっきはなんか可愛い子がいるなって思って、つい意地悪しちゃっただけでね」
「か、か、かわっ!?」
まさか私のこと? とか一瞬でも思ってしまったお花畑な頭が高熱を発し、そのせいで言語機能が正常に働かなかった。親からのおべっか以外でそんなことを言われたことがなかったから、耐性なんてあろうはずがない。
「あれ? もしかして照れてるの? めっちゃ可愛いじゃん」
マルクさんがゆでたジャガイモみたいになってる私を見てケラケラ笑う。だめだ。この人と話すと心臓が何個あっても足りない。私を追い詰める遊びをするのはやめてほしい。
「マルク君のこの口上はいつものことだから、私も周りももう慣れちゃったんだけどね。リエルちゃんみたいなウブな反応する子を久しぶりに見たから、なんだか楽しいわー」
ジュノさんは本来こっち側に立つべき人間ですよね? 一緒になってクスクス笑ってる場合じゃないでしょう! もはや今の私は完全なる四面楚歌状態だった。
「アハハ。ジュノさんも言ってるように、俺はいつでもこんな感じだから、リエルちゃんも慣れてって。ま、いつまでも慣れてない反応見てる方が俺も楽しいわけだけど」
マルクさんはそう言って、再び私の髪の毛をわしゃわしゃと撫でてくる。もはやされるがまま状態だった。マルクさんはいい人そうだし悪意がないのも分かる。だから特段嫌なわけでもないのだけれど、ただどう対応したらいいのかさっぱり分からない。
誰か、この場の空気を変えてください。孤立無援の悲しみを込めて、誰にも届かないそんな心の声をあげる。
すると驚くことに、援軍は颯爽とやってきたのだった。しかもかなり強烈な方法で。
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