ある帝国の百年祭と葬送曲

雪原てんこ

第一章:立ち上がる二人

序曲:皇女転生

――オーリオーン帝国暦91年



「どーしてもゆめだとおもえませんわね。なんですのこの文字。ほんとおファックですわ」


 十歳になった皇女、アレクシア=オーリオーンは物心ついた時から何度も夢に見る光景を思い返していた。

 夢の中での自分は大男で、本に囲まれた場所でいつも何か書いている。特にはっきりと覚えている内容を少し書き写してみたがこの帝国のどこにもそんな書物はない。

 帝国語ですらない謎の言語で書かれた夢日記の文字は他の誰にも読むことができなかった。自分自身も理解できない言葉がずらずらと並ぶ。

 六歳の頃、子供の落書きだと父に笑われて以来ずっと宝箱にしまい込んでいたが、自分だけが読めるその一節をふと思い出し宝箱から出してみた。大男が夢から目覚める自分に毎日のように見せる切れ端。

 『君に託す』とだけ記されたそれに、感じたことのないような不思議な暖かさを覚えた。


「……まさか、前世の記憶ですの? まるで絵物語ですわね」


 彼女が最近没頭している、偉大なる勇者達を前世に持つ四人の若者が闇の世界から現れた魔王を倒すという絵物語。それを思い返しながら、アレクシアは考え込んだ。

 たまに出てくる父親だと認識している男は自分に会うたびに理不尽な説教と罵声を浴びせてくるし、馬乗りになる大男が何度も何度も自分を刺す夢すら見る。不快な夢を見続けるのは苦痛でしかなかった。

 しかしその夢の中の自分が、必死に訴えかけて見せたその小さな切れ端。それについて考えていた彼女はいつの間にか眠っていた。



――



「(はっ!! ここはどこだ!?)」


 夢の中、真っ暗な闇の中で意識が戻る。

 規則的な音が心地よく全身に響くのを感じた。


「(なんだろうこれ……眠くなる……)」


 何を言っているかまでは分からないが聞こえる人の声、時々聞こえる音楽、そして常に響く規則正しい音。自分が溶けていくような優しいそれらの音に身を任せてどれくらい経つのだろうか。

 不意に押し出されるような力を感じた。


「元気な女の子でございます。皇后陛下」

「あぁ……よく無事に産まれてくれましたね。アレクシア…あなたの名前よ」


 女の子? 産まれた?

 いや、まず俺はなんなんだ? さっきまで覚えていたのに。さっきっていつだ?


 恐怖が身体を駆け抜け、思わず泣きだしてしまった。


「よかった……ちゃんと泣いてくれて」



――



 翌朝、涙を流しながら目覚めたアレクシアは完全に理解した。既に死んだ母から産まれた彼が自分の前世だと。

 起きてすぐに宝箱を開け、夢日記を読み返す。単純に文字が読めるだけではない。知識が自分の脳内に流れ込んでくるのを感じた。


「ともかく、あれがわたくしの前世だとして……気に入りませんわね。自分が堕とされた原因が分かっていながら復讐をしないからみすみす殺されるのです……いや、これはどうでも良いでしょう」

「死ぬ夢はともかくとして、この帝国にない知識は魅力的なのですけど。使えないかしら?」


 今の自分が年不相応な子供になった、という事をアレクシアは理解して分析していた。恐らく昨夜ついに理解した前世の、その精神に引き摺られているのだろうと。

 つまりそれは朧げな夢日記としてではなく、自由自在に記憶を引き出すことが可能になるという事でもある。とまで考えていた。


「彼の知識もそうですが……身体能力も魅力的ですわね。魔法も使わず石のような球をとてつもない速度で投げ、凄まじい速さで走るなんてこの国のどんな兵士よりも優れていますし……」


 前世を自覚し受け入れたアレクシアが記憶と身体能力を引き出せるようになるのに時間は掛からなかった。

 寝る間を惜しんで僅か二年の間に帝国の蔵書を読破し、あらゆる教師から知識を貪り尽くし確信に至る。


(明らかに未来の知識をわたくしは持っている……これは帝国のために使わなければ)


 しかし同時に自分に不足しているものにも心当たりがあった。


「民の考えがどこにあるのか、そして帝国に何が足りないかですわね。こればかりは帝国首都にいては分かりませんわ。城を出なければ」



――即日父である皇帝に直訴し、留学へ向かい数年の滞在の後戻ったアレクシアは、ついに後継指名の儀を迎える――

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