トランスセクシャル・バスターズ

夜橋拳

第一章 トランスセクシャル・バスターズ

 季節は夏。

 じめじめぺたぺたとまとわりつくうざったい湿気とうだるような暑さで学生のやる気を削いでいく。はっきり言って最悪の季節だ。好きになれるわけがない、しかしどこか嫌いじゃないと東野博己あずまのひろみはそう思っていた。

 別に彼は夏休みがほかの学生ほど好きなわけじゃないし、風鈴の音は好きだがそれも理由じゃない。かき氷でもない、スイカでもない。夏をいまいち嫌いになれない

 理由は出会いだった。


 夏は出会いがある。潮風と共に誰かが自分のところへやって来る。そんな気がした。寂しい彼にはそれがたまらなく愛おしかった。

高校一年生の彼はそんな潮風に今年も出会う。クラスに転校生が来たのだ。しかも飛び切り美少女だった。名前は「西尾にしおヒビキ」と言う。

 スカートから良く伸びる長く白い脚、夏で日差しも強かったのに彼女の肌は白く、

夏にこう表現するのもいかがなものかと思うが、雪のようだった。


 そんな白さとは正反対に、彼女の長い髪は漆黒だった。黒板にマグネットで張り付いている温度計は湿度も図れるタイプのもので、今日の湿度は八十パーセントを超得ていたのにも関わらず彼女の髪はさらさらとくっついていなかった。俺の短い髪でもちょっと汗でべたべたしてるのにやつはどうなってるんだと彼は思った。

 彼女を美少女と言いきれるのはやはり髪や肌に負けず顔が良かったからと言うのが大きい。彼女の顔は中性的で、でも目や鼻が女らしい。

自己紹介をしたとき彼女は照れ笑いを見せていた。どこかその笑い方は少年みたいでギャップがあった。


 彼は彼女に話しかけた。出会いは好印象だった。


「あなたみたいなイケメンは初めて見たわ」


 話が合い、初対面で顔面を褒められた。

 

 ちなみにこれは謙遜ではなく事実だ。東野博己はクラス一のイケメンと言われている。顔が外国人並みの堀の深さで、身長は少し低いが、髪を金髪に染めており、英語もよくできるためよく在日アメリカ人と間違われる。


「それにしても東の野って書いて『あずまの』って読むなんて随分珍しいわね、普

通『ひがしの』か『とうの』辺りじゃないのかしら」


 「ああ、よく言われる。苗字の読み方が珍しいなんて珍しいってね。だからっていうか、皆からは『あずまの』じゃなくて『アズマ』って呼ばれてる。いわゆるあだ名だよ。珍しい苗字を持つ者の宿命だ。良かったら西尾さんもそう呼んで」


 「わかったわアズマ。私のこともヒビキでいいわよ」


 アズマが話しかけた時間は昼休みのことで、次の時間は体育だったこともあり、これ以上会話をすることなく放課後になった。

 

 気温はマシになったものの、湿気がさらに強くなった午後の空でアズマは服が肌に張り付くことを気にしながら友人である南海宗助みなみそうすけと共に下校していた。


 宗助はこれといった特徴のなく、それ故誰とでもそこそこ仲良くできる男だ。


「あ、忘れ物した」


 宗助は性格がいいので自分もついていくと言ったが、遅くなるかもしれないから先に帰ってくれと言い、彼は学校へ足を戻す。

ちなみに忘れ物をしたと言うのは嘘だ。そもそも忘れてはいないし、今からとりに行くものは「物」でもない。


 アズマは校舎の中に戻り、とある教室の前に立った。

 入口にあるプレートにはこう書かれている。


『男子更衣室』


 三度確認し、アズマは扉を勢いよく開いた。

 女子更衣室にはアズマが予想した通り、中にはヒビキがいた。

 ヒビキは着替えの途中だったようで、ピンク色のパンツ一丁である。上半身は何も着ていない。


「あ、アズマ⁉」


 ヒビキは恥ずかしがるというよりも、驚いた様子で両手でパンツを隠す。……さらけ出た胸も隠さずに。

 アズマは彼女の両手を払い彼女の股間部分を掴んだ。


 「やっぱり」


 またしても彼の予想は的中した。


 「ヒビキさあ、女じゃなくて男でしょ」


 アズマが掴んだ股間には突起物があった。それは間違いなく男性の生殖器であった。

 ヒビキは怪訝そうに眉を顰める。


 「どういうつもり」


 彼女の声が低くなる。その声は女にしては低すぎた。


 「なんとなく声が低いなあって思ってたんだ。バンプ・オブ・チキンとか余裕で歌えそうってね」

 「真面目に答えなさい」


 彼女がアズマを睨む視線がさらに鋭くなる。


 「簡単な話だよ」

 「は?」


 「俺も、男じゃなくて女だってこと」


 そう言うとアズマはヒビキの手を掴み、自分の胸に当てた。

 わずかだが、二の腕のように柔らかく、皿を裏返した形の女性の胸があった。間違いなく女性の胸だった。


 「まさか……」

 「不安だったら下も触る? 俺は別にいいよ」


 いや、とヒビキは首を振り、「マジか……」とため息をついた。


 「戸籍上で言えば俺は男だし、君は女だ。だけど体だけは真逆、自分の性別とは逆の性ホルモンを接種し体を強化して怪異と戦う存在――トランスセクシャル・バスターズ」


 「よりによってあなたですか、あなたとは普通に友人でいたかったんだけどね……」


 東野博己――女、美少年。

 西尾ヒビキ――男、美少女。

 彼らは本当の意味で、たった今、出会った。

 ちなみにこの時、ヒビキのアズマへの第一印象は「最悪」だった。

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