AIでしあわせ?

@kazzdiltz

第1話 勧誘

 西暦2030年、AI技術は長足の進歩を遂げた。この時代、社会の様々な分野にまで浸透し、人々はその恩恵により便利な生活を手に入れた。

 1940年代に戦争を背景に砲弾の弾道計算をする為に開発されたコンピュータ、21世紀になってコンピュータの心臓部であるプロセッサと記憶装置はどんどん小型化され、この時代には各個人が常に自分用の超小型システムを身に着けて生活している。行きたい場所があれば網膜上の超小型ディスプレイに映し出された地図をもとにナビゲートされて最短時間で目的地に辿り着ける。

 モノを買ったら個々の腕に埋め込まれたICチップをかざせば清算完了。モノ以外にもほとんどのサービスの対価はこのICチップで生産される。

 このICチップは生後二年目に国民全員に埋め込まれ、ほとんどすべての個人情報と資産データが記録されている。その結果、個人口座からの資産移動もネット経由でなされる。

 インターネットも元々はアメリカの軍事技術にその礎を発し、それが民生に応用されて今日のネット時代が完成した。これら二つの技術とも軍事技術からの転用という点では一致している。

 

 ショウジの住むアパートメント、午後八時ちょうど、いつもなら在宅勤務を終えてゆっくりとお酒でもという時間帯。今日はリモート会議がなかなか終わらずに遅くなった。

 「さて、飲むとするか」とショウジが缶ビールのプルトップを開けようとした時、来客を告げるチャイムが鳴った。

 「誰だ、こんな時間に」

 ショウジは独り言を言いながら面倒そうに立ち上がって玄関に足を進めた。

 インターフォンのマイクに向かって口を開いた。

 「どちら様でしょうか」

 「わたくし、政府機関の対外危機管理庁東京本部上級管理官の生田目と申します」

 情報管理庁とは、国内はもとより海外からの様々な情報を傍受・分析する官庁である。そこに属するものが一介の勤め人である自分のところに何の用事があるのだろう。ショウジは訝りながらも電磁ロックを解除して招じ入れた。

 「正式なご挨拶は省略します。わたくしこういう者です」

 生田目と名乗る女性は3Dホログラム式名刺を差し出した。ショウジはその名刺を自分の携帯端末に読み込ませた。

 「対外危機管理庁分析課副課長生田目玲美」とディスプレイに表示された。

 「ここの役所から来たんですか?」

 「この機関は内閣府の直属機関で、対外的には存在自体は時々メディアなどで名前が出ていると思います。その実、具体的に何をしている機関かは飯田さんもご存じないと思います」

 「そうですね。でもかなり重要な省庁なんですね」

 「ですから、あまり具体的に何をしているという事は公表していません。その性質上、当然のことですが」

 「中に入りますか? どうやら長い話になりそうですね」

 「お邪魔してよろしいかしら?」

 「とりあえずどうぞ」

 ショウジは中途半端な物言いでスリッパを差し出した。

 生田目はゆっくりと足を進め、ショウジの促したチェア、いつも彼がネットゲームをしているゲーミング・チェアに座らせた。

 「このあともう一名と会う予定もありますので、手短に用件を申します。

 私の所属する対外危機管理庁東京本部の主な任務は、インターネット網を利用して悪事を働くすべての対象に対して捜査・分析・対処することです」

 「その前にちょっといいですか?」

 「なんでしょうか」

 「さっき名刺を端末で読んだときに『生田目玲美』と表示されたんですけど、『れいみ』さんと読むんですか?」

 「れみです」

 「それが少し気になってたもので……」

 生田目は少しあきれて、音を立てないため息をついた。

 「続けます」

 生田目は冷徹ともいえる物言いで先を続けた。

 「現在、ネット回線を使った犯罪が全世界で増加しているのはニュースなどで

ご覧になって知ってらっしゃると思いますが、私たちの団体はそういう事案のうち、公共システムや政府組織に対する電子的攻撃に対処するべく、内閣府の直属機関として設置されました。

 ネットによるその他の犯罪、電磁気的通貨、つまり仮想通貨に関する犯罪、個人利用の端末に対するハッキングなどは、従来通り各警察のサイバー犯罪対策課が担います。

 それに対し、先日もマイナンバーカードのシステムに対するアクセス障害事件がありました。あの事案もわれわれの機関で捜査・解決に導きした」

 「ひょっとしてこれって私に対する捜査ですか?」

 「ならばもっと他の捜査員も来てますよ」

 「そうですよね」

 「先に行われた国内情報網利用コンテストに飯田さん参加されましたね」

 「通称平和利用ハッキングコンテスト。参加しました。それが何か?」

 「飯田さんはそのコンテストで優秀な成績で見事優勝された」

 「まぐれですよ」

 「その優れた能力を使って、いま増加しているネット犯罪の捜査に協力していただきたいんです」

 「私がですか?」

 「ええ。もちろん中途採用という形なので、予備採用の捜査員という形式ですけど」

 そこでショウジは来客が来ているのに何のもてなしもしていないことに気づいた。

 「すいません。お茶も出さなくて」

 「結構です。飲む前に成分分析するのも失礼なので」

 「成分分析って……」

 言い終わる前に生田目は口を開いた。

 「私たちは所内以外で飲食する時は常に口に運ぶ前に簡易的な検査をします。毒物にとどまらず、食すると当たるようなものが混入していないか、鮮度はどうかとか」

 「食べてお腹が痛くならないようにですか」

 「そうですね。基本、所内の食堂以外での飲食は原則禁止となっています。常に自らの管理は厳格にしないとならないんです」

 「そういうもんなんですね」

 「話を戻します。

 飯田さんには当然可否の選択権はあります。協力するか否か。いまここでお返事をとは言いませんので、よく考えてからで結構です。

 その前に少し入所する際の注意事項をご説明します。

 まず、任務に就く、つまり正式に採用となった場合は所内の寮に入っていただきます。外出は特別な場合を除いて禁止。外部との連絡も原則禁止となります。そのため、現在住んでいるところを引き払っていただく必要があります。ご両親や親族、お友達ともしばらく会えなくなります。これは研修中は、という事です。研修が終了したら当機関指定の、所内敷地内の官舎に住んでいただくこととなります」

 「研修ってどのくらいの期間なんですか?」

 「半年です。通常の企業であればおおむね三カ月程度が一般的ですが、捜査に関する基本的知識や当機関の使用している高性能コンピュータシステムの扱い方など。研修内容が専門的かつ、かなり難しい技術的知識もあるので、長めに期間をもうけて勉強してもらわくてはなりません。なので半年間の研修となっています」

 「半年間は部外者とは面会も連絡も禁止ということですね」

 「そうなります」

 「決断する期間はどのくらい?」

 「一週間を考えています。一週間後の同じくらいの時刻に再度うかがいますので、それまでに決断してください。無理にとは言いませんが、あなたの知識と技術が重大事案の解決に一役買うとなれば、やりがいはあるかと思います」

 「わかりました。よく考えてみます。あまりに急なので。それになんだかものすごい重責を負うことのようなので」

 「当機関の名を出さなければお知り合いなどに相談なさっても結構です。誰がこの機関に所属しているという事は外部の人には知られたくないので」

 「でしょうね。スパイが家族にも自分の仕事の内容を内緒にしてるのと同様」

 「今回の話については良い方にあなたの能力を使っていただきたくこうして参りました」

 そう言うやいなや生田目は居住まいを正して退出の準備をした。次の訪問もあるとは言え、自己中心的訪問であるという事は間違いない。それを相手には感じさせない潔さみたいなものはあった。

 「それでは一週間後に。あなたの良心を信じています」

 そう捨て台詞を置いて彼女は去っていった。乾いた風が一瞬にして吹いたような俊敏な動きで。


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