第26話

それから数日後、レイラが屋敷の廊下を歩いているとメイド仲間に声をかけられた。


「ねえ、レイラさん。もう聞きましたか?」


「えっと……何をですか?」


「ああ、まだ聞いていないのでしたら直接エレーナお嬢様から聞いた方がよろしいかもしれませんね」


「お嬢様がどうかしたのですか?」


「ああ、いえ。ごめんなさい。レイラさん、忘れてくださいな。きっとそのうちエレーナお嬢様からお伝え――」


踵を返そうとしたメイド仲間の腕をレイラは急いで掴んだ。


今聞いておかなければ、きっとエレーナはこの先も何も教えてはくれない。レイラに伝える気があるのなら、こんな風に他のメイドに噂が伝わる前に、真っ先にレイラに向けて言葉をかけてくれるはずだ。


「今教えてください!」


レイラが真剣な目で伝えると、メイド仲間が小声で、レイラの耳元で話し出した。


「決してわたしから聞いたとは言わないでほしいのですけどね、エレーナお嬢様、もうすぐ婚約なさるらしいですよ」


「え?……」


目を見開いて硬直してしまっているレイラとは逆にメイド仲間はどこか誇らしげな顔をしている。


おそらく、いつもエレーナと共にいるレイラよりも先にエレーナの重大な秘密を知ることができたからほんの少し優越的な気分に浸っているのかもしれない。


だけど、レイラにはそんなことを気にする心の余裕はなかった。とにかくレイラはエレーナの部屋へと急いだ。


「エレーナお嬢様……」


「あら、レイラ。今日は随分早く来てくれたのね!」


レイラがエレーナと会う時間を早めてくれたと勘違いしたのか、エレーナが嬉しそうな声をあげた。


だけどレイラはそんなエレーナの反応にも気にしている余裕はなく、いきなり本題を話し出した。


「あの、お嬢様。お嬢様が婚約するというお話は本当なのでしょうか?……」


その言葉を聞いて、エレーナも状況を理解して、真面目な顔になる。


「もうレイラの耳にも届いてしまったのね……。ええ、そうよ。わたしは16歳の誕生日が来たら結婚してこの家から出て行かなければならないの」


「そんな……」


突然の出来事にレイラは訳が分からなくなり、エレーナの顔を直視できなくなってしまう。


「あら、レイラ。そんな悲しそうな顔しないでよ? わたしみたいにお家に迷惑かけ続けてきた子が名門貴族のお家に嫁がせてもらえるのよ? 喜んでくれないと困るわ」


エレーナが困ったように笑っている。そうなのだ、レイラは本当ならエレーナの言う通り、しっかりと喜ばなければならない立場にあるのだ。それなのに、やっぱりレイラは心の底から喜ぶことなんてとてもできそうになかった。


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