結婚前夜の静かな夜に
西園寺 亜裕太
第1部
結婚前夜の静かな夜Ⅰ
第1話
その夜はレイラとエレーナ2人きりの静かな夜だった。いつもは蝋燭で赤々と照らされていている広々としたダイニングも、今日は窓から入ってくる月明かりくらいしか視界を照らすものはない。
今日は2人とも明るい場所には居たくはない気分であった。エレーナの頼みで家中の明かりを消してもらっているから、使用人たちも、もう早めに休んでいるかもしれない。
レイラはメイドとして、ジェミナリー家の三女であるエレーナのお世話係をするようになってから9年間も彼女のことを見続けてきた。だから明日からエレーナのいないお屋敷で仕事をするなんて、レイラには考えられなかった。
「寂しくなりますね、エレーナお嬢様」
レイラは立ったまま姿勢を正して、エレーナのティーカップにハーブティーを入れながら静かに話し出した。
「そうね。今までありがとう」
エレーナは上品な笑みを浮かべてレイラを労う。レイラにはそのエレーナの短いお礼の言葉の中に、今まで共に過ごしてきた濃密な9年間の思い出が凝縮されているように感じられた。
明日の結婚式を終えればエレーナはもうここジェミナリー家の者ではなくなってしまう。今日で終わり。全部終わり。
もうエレーナの感情への答えに悩む必要もなくなる。
エレーナはハーブティーを隅々まで味わうようにゆっくりと口に含んでいく。静かな夜のダイニングに、エレーナの喉を通るハーブティーの音が紛れ込む。
「やっぱりハーブティーはレイラが淹れてくれたものが一番美味しいわね」
湛えられたエレーナの笑みはほんのりと上品に照らす月の明かりによって、普段よりもより一層美しく見えていた。
エレーナがハーブティーを味わいつくすと、ティーカップの縁から瑞々しく艶やかな唇が離れていく。レイラは気付けば、いつも以上に麗しいエレーナから目が離せなくなってしまっていた。
カップとソーサーを机上に戻したエレーナが、レイラの瞳をじっと見ながらゆっくりと口を開く。
「ねえレイラ、そんなにじっと見られていては恥ずかしいわ」
すっかり見とれてしまっていたことがバレてしまい、恥ずかしさからレイラの顔が赤くなる。
「あ、えっと、申し訳ございません、お嬢様……」
「わたしの顔に何かついていたのかしら?」
「いえ、そういうわけでは……」
あたふたと両手を使って必死に否定するレイラの事を見て、エレーナはクスクスと笑う。
多分エレーナに見とれてしまっていたことも、見とれていた理由もすべて見抜かれている。
「ねえ、レイラ。ちょっとこっちに顔を近づけてくれるかしら?」
エレーナが手招きをしながら椅子に座っている彼女の元に顔を近づけるように指示してきたので、言われた通りに中腰の姿勢になりエレーナへと顔を寄せる。
次の瞬間、レイラの頬に柔らかなものが触れた。
「エレーナお嬢様?!」
突然の出来事にレイラは思わず体を硬直させてしまった。エレーナがレイラの頬に唇を触れさせたのだ。
「今更頬にキスをしただけで慌てられても困るわよ」
慌てるレイラのことは特に気にする様子もなくエレーナはクスクスと笑った後に話を続けた。
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