6 初仕事

 ちいサポ会の初仕事、それは、小学校主催の清掃ボランティアの手伝いだった。

 仕事内容は文字通りそのまま。この地域周辺のゴミ拾い、あと参加している小学生たちとの交流もある。ちなみに先生たちも数人ついてきているらしく、そのなかに雫先生も混じっている。

 スケジュールは大体こんな感じだ。

 午前十時頃に区の公民館前に集合、そこからしばらく街中のゴミ拾い、キリのいいところで昼休憩、一時間くらいしたら再開し、キリのいいところで解散。なかなかざっくりしたスケジュールだが、ほぼ一日中歩きっぱなのはなんとなく察しがつく。引きこもりオタクの俺にとってはきつい。

 で、今は公民館から移動して、小学生たちと一緒にゴミ拾い中である。十五人弱の小学生の集団の後ろで、淡々とゴミを拾っては袋に入れているのが俺だ。もう脚が少ししんどい。ちゃんと運動してんのになぁ……。え? 授業? もちろん含んでますけど?

 この初仕事、心配していることは特に無い……と言いたいのだが、少し気になることがある。


 まず、俺の隣にいる、不機嫌そうな光のことだ。

 いやまぁ、普段からそんな感じと言えばそんな感じなのだが、今日は一段と……何と言うか、この表現が適切なのかわからないが、殺気立ってる感じがする。

 思えば、雫先生に仕事内容を伝えられたときも、とても嫌そうだった。

 光はボランティアやゴミ拾いを面倒くさがるタイプではない。そもそも、そうだったらこんな会に立候補なんてしない。じゃあ、子供が苦手なのか……?

 ちょっと声かけてやるか。

「なぁ光」

「何だよ」

「冬樹たちと一緒に、小学生たちに混じらなくていいのか? 何かお前だけ、小学生と喋ってない気が……」

 質問してみると、光は何故か一瞬俺を睨んだ後、渋い顔を保ったまま煩わしげに答えた。いや何で俺のこと睨んだの? 俺何もしてなくない?

「……あのなぁ、俺は子供と交流とか向いてねぇんだよ。そういうのは秋人たちのが向いてるし、あいつらに任せりゃいいだろ」

「まぁ……そうっちゃそうだが……」

 もうこれで確定したようなもんだな。光は子供嫌いだ。理由はわからんが、目つきで泣かれたとか、主に身長的なあれで舐められたとか、そんなことがあったのだろう。


「大体な、子供と喋ろうとしたら毎回泣かれるわ、怯えられるわ、舐められるわ……いい思い出がねぇ」

 あーやっぱりな……。

 と、話しながら歩いている光の前で、一人の小学生が、俺たちと同じように友達と話しながら歩いているのに気づいた。光よりもゆっくりと歩いているからか、その子との距離はだんだん近くなっている。

 ……あれ、待って。二人とも気づいてないし、このままじゃぶつからね?

「おい光、前!」

「えっ? ……うおっ!」

「いっ!」

 遅かった……。互いに転びはしなかったものの、結構派手にぶつかってしまった。

 光とぶつかった小学生は、華奢で小柄な少年──いや、よく見たら女の子? 女の子だな、多分。じゃあ少女だ。華奢で小柄、かつボーイッシュな少女。ややつり目がちだが、なんとなく小春に似てる気がする。大丈夫なのだろうか。

 光が、少女に話しかける。

「あー……大丈夫か?ケガは……」


「チッ……いってぇな。ちゃんと前見ろよ。バカじゃねーの?」


 ……ん?

 ……えっと、今なんか、凄い暴言と舌打ちが聞こえた気がする。いやいやまさか。こんなに可愛い少女の口から、あんな毒が吐かれるわけがない。聞き間違いだろう。頼むからそうであってくれ。

「……は? なんて?」

 光も俺と同じことを思ったのか、聞き返す。

 ……何だか、やけに嫌な予感がする。平和に終わって欲しい。

「聞こえなかった? ちゃんと前見ろ、バカじゃねーのって言ったんだよ」

 うん、残念ながら聞き間違いではなかったようだ。最近の小学生は口が悪いな~……。

 呆然としている俺たちをよそに、少女は続ける。

「高校生のくせに、ちゃんと周り見て歩くことも出来ないわけ? 身体だけじゃなくて、心まで子供かよ」

「……あぁ?」

 ……あ、これマズいわ。光の方も完全にブチギレた。顔が怖い。俺は、咄嗟に仲裁に入ろうとする。

「ま、まぁまぁ二人とも、一旦落ち着……」

「さっきから黙って聞いてりゃ、偉そうに言いやがって……。説教たれてんじゃねぇよ、ガキのくせに」

「おいおい光、その言い方はダメだろ……」

「初対面の年上相手に、最低限の敬意もろくに払えねぇ。ガキはどっちだよ?」

 やばいもう……既にリアルファイト状態だ。俺一人でこれを止められる気がしない。誰か助けてくれ。


「敬意? お前なんか、ハナから敬う気なんかねーよ、チビ」

「っ!」

 あっ……とうとう地雷を踏んでしまった。マジでやばい。最悪殴り合い。そんなことになる前に一刻も早く止めなければ。

「こ、光。ここ人いるから。いや、人いないところでもダメだが……」

 しかしやはり、俺の声なんて耳に届いていないのか、双方共に臨戦態勢で続ける。

「てめぇ……! ガキだからって好き勝手言いやがって……! 大体、お前のほうがチビじゃねぇか!」

「俺はまだ成長期来てねーだけだから。つーか、いちいち反応するとか、やっぱ子供じゃんか!」

「だから……! てめぇに言われたかねぇんだよ、クソガキ!!」

「あーもう!! ガキガキうっせぇ!! ちょっと年上だからって、調子乗んな!!」

 うわもうやばいってマジで……! いつのまにか、みんなも集まってきちゃってるし。いや、あの友達の子が呼んできてくれたのか?

 秋人と冬樹と雫先生が止めに入る。

「ちょっ、二人とも! 一旦落ち着こ? ね?」

「そ、そうですよ! 冷静になりましょ冷静に!」

「落ち着いて、話し合いましょう? 原因は……」


「いい加減にしなさい! 初夏ういか!!」

 突如、小春の方から怒号が飛んできた。

 しかも、この少女の名前を呼んでいて、以前から知っている風だった。

 少女──初夏は、それに反応する。心なしか、先程より萎縮している気がする。

「な、何だよハル姉」

「何だよじゃない! また相手を怒らせるようなこと言ったでしょ!」

 ハル姉? なるほど、そういうことか。道理で顔がどことなく似ているわけだ。口調は全然似てなかったが……。

「この子、小春の妹ってわけか。妹、で合ってるよな?」

「うん、初夏っていうんだけど……」

「……お前の妹、クソ生意気だな」

「こ、光……」

「う、本当にごめん……。ほら初夏、謝りなさい!」

 何だか、小春のこういう姿は新鮮だな。ちゃんと姉って感じ。新しい一面が見られた。

 しかし、生意気ロリの初夏はまだ意地を張っているのか、そのまま向こうへ行ってしまった。

「あっ、こら待て! どこ行くの!」

 小春もそれを追っていった。

 ……疲れた。肉体的にも精神的にもかなり疲れた。そろそろ昼休憩の時間じゃないか? 早く休みてぇ……。

「皆さん、十二時をまわりましたし、あそこの公園でお昼休憩にしましょうか」

 よっしゃ! 雫先生、神!


     ✴


「はい、では今から、自由時間とします。午後一時頃には出発したいので、それまでに各自、昼食を摂り、準備を済ませてください」

『はーい!』

 先生の合図と共に、自由時間が始まった。

 俺が昼食の為に近くのベンチに座ると、メンバーがぞろぞろと集まってきた。

 光がおもむろに話しだす。

「……要、さっきは悪かった。関係ねぇのにお前まで巻き込んじまって、申し訳ない」

「別に謝んなくたっていいよ。止められずに何も出来なかった俺にだって責任はあるだろうし。……正直、大人気なさすぎるだろとは思ったが」

 想像の一万倍くらい子供への態度が悪かったし、今にも手を出しそうなとんでもない気迫だった。まぁ、今回は初夏側にも問題があったが。

「……はぁ。あいつの言ったとおり、俺もまだまだガキだな」

 そんな俺たちの会話に、小春たちが割って入る。

「ごめん、実は私の妹が参加してて。話聞いた時は、確信持てなくて言い出せなかったんだけど……。てか、ちょっと待って、まさかあの子、光ちゃんに向かって子供とか言ったの!?」

「あ? まぁ、言ったな」

「も~……! ほんとごめんね! 絶っっっっ対今日中に謝らせるから!!」

「お、おう……」

 小春の何とも言えないオーラ(圧?)に、さすがの光も若干押され気味だ。先程も思ったが、妹の前ではちゃんと姉らしくしているんだな。こんな言い方はあれだが、なんだか意外だ。


 俺たちはそのまま、ベンチやレジャーシートの上で昼食を食べ始めた。

「そういや、唯奈先輩も小春の妹ちゃんのこと知ってたりする? 二人って、確か幼馴染みっしょ?」

「うん。初夏ちゃんのことは、私も昔から知ってるよ。最近はあまり話せてないなぁ」

「へー。どんな子なんです?」

「えっと、さっきの見たらわかると思うけど……とにかく……負けず嫌いで、気が強い、かな」

 うーん……結構言葉選んだなぁ……。

「やっぱり唯ちゃんは優しいなぁ~。遠慮しないで言っちゃっていいんだよ? ガサツで、生意気で、全っ然可愛げのない子だって!」

「そ、そこまでは思ってないよ……」

 こっちはこっちでめちゃくちゃ直球だな。口が悪いのは姉も同じなのかもしれない。


 そんな何でもない会話のなか、ふと、はどこにいるんだろう、と考えた。

 あの子というのは、初夏のこと……ではなく、別の女子小学生で、かつ俺のもう一つの心配事である。

「ん? 要さん、誰か探してるんですか?」

「あぁ、ボブカットで黒パーカーの……あっいた」

 俺が無意識に探していた少女は、予想通り、一人で黙々と昼食を食べていた。

 ここまでずっとそんな感じだった。小学生たちが楽しげに喋っている中、彼女だけが一人、その輪から外れていた。

 昔の俺を見ているみたいだ。だからなのかどうか、俺は彼女のことが気になってならない。

「あの子……仲間外れにされてるんですかね」

「……どうだかな」


「二人とも、何の話してんの?」

「あっ、秋人君。あの、一人でお昼を食べてる子のことを話してたんですけど……秋人君は、あの子について何か知ってたりします?」

「あーあの子、美玲みれいのことか」

 へぇ、美玲って名前なのか。名前まで知ってるってことは、秋人も気にかけているのだろう。

「名前も知ってるんですか?」

「うん、先生から聞いた! 俺も何回か話しかけてんだけどさ、なかなか懐いてくれないんだよねー。やっぱ不審に思われてんのかな」

 秋人のコミュ力を持ってしても靡かないか。極度の人見知りなのか、それとも……。

「あと、ちょっと気になることがあって……」

「気になること?」


「うまく言えねーけど……何かあの子、友達つくるのとか、人間関係とか、そういうの、もう諦めてる感じがして……」


 ……そう。その可能性も、十分にある。

 秋人はすぐに慌てて「あ、でもこれ俺の思い過ごしかもしれないから!」と注釈を入れた。

 しかし、仮に秋人の直感が本当のものだとしたら、彼女の心の扉を開けるのは、かなり難しいこととなるだろう。この歳で人間関係そのものを諦観しているとなると、過去に相当つらい出来事があった可能性が高い。

 身体の傷は大抵しばらく経ったら治るが、心の傷は違う。ちょっとやそっとのことじゃ微塵も癒えない。そんなこと、俺も冬樹も、痛いくらいわかっている。

 そして、確証はないが、それは秋人もだろう。わかっている上で、彼女を助けたいと思っているのだ。

「お前は……本当に健気な奴だな」

「へっ!?」

「僕も要さんと同意見です! 秋人君ほど健気な子、なかなかいませんよ」

「そ、そうかな……えへへ……」

 その健気さが、功を奏してくれればいいんだが……。


     ✴


 そんなこんなで自由時間を終え、皆先生のもとへ集合した。そろそろ次の指示が来るところだろう。

「皆さん、休めましたか? では早速、次についてお話しします。ここからは、効率を高めるために、エリアごとに、手分けしてやっていただきます」

 手分けして、か。なるほど。確かに、さっきよりは効率的にはなりそうだ。

「そして、グループ分けですが……申し訳ありません、こちらで決めさせていただきました」

 雫先生がそう言った瞬間、小学生たちから「え~」と声が上がる。そりゃそうだ。みんな仲良しな友達と、好きなように組みたいに決まってるよな。俺だってそうだ。まぁ、そもそも俺が小学生の頃は、その「仲良しな友達」ってのがいなかったし、誰と一緒でも地獄だったが。


「それでは発表します。まず……」


     ✴


 グループ分けが発表された。

 できるだけみんなに配慮して組まれたのか、嫌がったり悲しんだりというような声はほとんど聞こえなかった。俺も冬樹と雫先生のグループに入った。安牌だ。


 だが……俺が心配なのは、あそこだ。

 先生たちは一体何を思ったのか、なんと、光と初夏を二人きりのグループにしたのだ。もう一度言おう、じゃない。だ。これ程不安で不安でたまらないことはあろうか。

 で、当の本人らはというと、発表時にほぼ同時に「「は?」」と声を上げたきり、一言も言葉を発していない。

 あっ、今、互いに目を合わせた……と思ったらすぐ、気まずそうに逸らしてしまった。

 あと、光、初夏グループとは別ベクトルで心配なのが、秋人と美玲のグループである。こちらも二人きりのグループとなった。

 遠目で見たところ、先程から秋人が美玲に「よろしく!」とか「一緒にがんばろ!」とかガンガン話しかけているのだが、美玲は大した反応を示さず、一言も言葉を発していない。秋人の奴、鋼メンタルだな。俺だったらとっくに折れてる。


 俺は今、他人のことなのに自分のことのように不安になっている。

 あぁ、不安だ、不安すぎる……。

 始まる前から嫌な予感はしていた。しかしまさか、初仕事からこんな思いをすることになるとは……やっぱり、甘くないな。


「それでは、今から再開します。行きましょう」

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