何度でも殺せる。

苦虫うさる

第1話


 僕は高井戸を殺そうと思った。

 その理由から説明したい。


 高井戸は、僕に似すぎている。要は「キャラが被っている」。

 大学の学部、サークル、アルバイト先、果てはネットの中でまで僕と高井戸はよく間違えられた。


 いくら僕が「キャラ付け」しようとしても駄目だった。先に高井戸がそれをやっているか、もしくは後から(恐らく知らずに)やり出すか、どちらかなのだ。

 知り合いが、僕と高井戸の話を混同することは日常茶飯事だった。

 その内容がまた、僕の趣味や考え方とピッタリと合っているから、僕自身でさえそれを言ったような気になることもあった。


 僕が嫌いな漫画は高井戸も嫌いだし、僕が愛するキャラは高井戸も愛した。

 僕がやるゲームは高井戸もやったし、僕が飽きて止めると高井戸も止めた。 

 僕が聴く音楽は高井戸も聴き、僕がいいねを押すものは高井戸も押した。


 ツイートやコメントも、表現を変えているだけで内容は同じということが往々にしてあった。

 そういうとき、お互いに無二の存在に巡り合ったかのように感涙むせぶかというと、まったくそんなことはない。

 むしろ相手のことが凄く疎ましく、憎くなってくる。

 いや、怖くなってくる。

 高井戸が存在しているだけで、僕が内部から少しずつ殺されていくような気さえしてくる。


 高井戸もそう思っていることが僕にはわかる。

 僕をこの世の何よりも憎悪している。

 そして。

 それ以上に怖がっている。


 僕が高井戸を殺すか、僕が高井戸に殺されるか。

 僕たちの間にはその運命しかない。



 ※※※


 高井戸を殺すのは意外と簡単だった。

 僕と高井戸が最近ハマったソロキャンプ、これを口実に呼び出した。

 僕の誘う態度がいかにも真剣だったから、高井戸も「これは何かある」と腹を決めたのだろう。

 誘いに乗ってやってきた。

 高井戸が背中を見せたときに後ろからガツンと殴り、重しをつけて湖に捨てる。


 これでおしまい。


 高井戸の身体が真っ暗な湖面に吸い込まれていくのを見たとき、人が死ぬのはこんなにも呆気ないものなのかと、いささか拍子抜けした。

 高井戸の死体は見つからず、失踪したということになった。



 ※※※


 数ヶ月後、ネットである匿名の投稿を見て僕は動きを静止させた。


「人を殺してもうた」


 匿名の筆者は綴る。


 大学生なんだけど、人を殺してもうた。

 相手は友達の下高井戸という奴。あっ、もちろん仮名な。

 何でもかんでも俺の真似をするストーカーっぽい奴だった。

 ちな俺、中学からの筋金入りの陰キャキモオタ。

 女にモテない金はない真似したくなるような要素一切なし。

 外見とかじゃなくて、趣味とか真似てくる。

 好きなものとか嫌いなものとか全部被っていて滅茶苦茶キモかった。

 何とか差をつけようと思って、過激な発言とかおっさん臭い言い回しにしてみたけどそういうのも真似てくる。

 周りからドン引きされただけだった。とほほ。


 我慢できなくなって殺してもうた。


 ちょっと頭おかしくなっていたが、俺が下高井戸を殺さなきゃ俺が殺されそうな感覚だった。

 人間が人間を殺すのは、嫌いとか憎いとかじゃない。どうしようもなく怖いからだ。

 これ真理。


 あいつ、何でよりによって俺を真似しようと思ったのかな?

 もっと意識高い系wとか真似ろよ、どうせなら。



 コメント欄やリプ欄には、「調べたけどそんな事件はなし」「具体的な話してみ?」「そいつが行方不明になって周りの奴、何も言わないの?」という真偽を疑うもの、「警察に行きなよ」「遺体が出てきたら、すぐにバレるぞ」「通報しました」という至極尤もなもの、「何かに追われていて、身分を乗っ取ろうとしたんじゃね?」「そいつ、お前のことが好きだったんだよ」などサブストーリーが展開されているものまであった。


 リプ欄のひとつに目を引くものがあった。


「残念でした」


 俺、下高井戸。死んでねーよw

 お前が湖に俺を棄てたとき、重しが外れたんだよ。服着たまま泳ぐの大変だったわw 


 これまたコメ欄には「警察行け」というコメントがついていた。

 至極尤もかつ真っ当なコメントだ。


 僕はそれを読んだとき何故か笑いが止まらなくなった。

 余りに笑いすぎて、その場で腹まで抱えだした。ゲラゲラ笑いながら指を画面に滑らせる。

「残念でした」にはさらにリプがついていた。


「ふざけんな」


 嘘つくんじゃねーよ、ボケ。

 こっちはちゃんと殺したときに死んでいるかどうか確認しているんだよ、当たり前だろ。


 でも、お前が下高井戸でもいいや。

 何度でも殺せるから。



 僕はその文章を読んだ瞬間、笑いを止めた。

 それからおもむろに服を着替え、車に乗って僕が高井戸を殺した場所へ向かった。



 ※※※


 高井戸を殺した場所に着くと、懐中電灯で照らしながら辺りをじっくりと見て回った。

 しかしその後、人が来た形跡も何かが起こった形跡もなかった。


 僕は暗闇の中で、わさわさと生え茂った木立の隙間から見える湖を見つめた。

 懐中電灯の灯りに照らされた黒い水面は、静止したようにピクリとも動かない。


 重しが外れて、ここを泳いで助かった?

 それに僕が気付かなかった?

 そんなことがありうるだろうか?


 その瞬間、突然頭にすさまじい衝撃を感じて、僕はその場に倒れた。

 頭が割れるように痛んだ。それに凄く熱い。

 頭を押さえた手に、ぬめる何かがまとわりついた。

 本当に頭が割れたのかもしれない。


 遠のく意識の中で、「今度こそ……」と言う声が聞こえた。

 よく知っている人間の声だと思ったが、誰の声かはわからなかった。

 ぼんやりとした意識の中で、身体が土の上を引きずられどこかに運ばれるのがわかる。


 マズい。本当に殺され……。


 と思った瞬間、冷たい水の中に身体を叩きこまれた。

 水の中で僕は考える。


 何が「ちゃんと殺したときに死んでいるか確認している」だ。

 大嘘じゃないか。

 そういう詰めの甘さがこういう事態を生むんだ。


 衣服が水を含んで、それ自体が重しになって何度も溺れそうになった。

 衣服を身につけたまま泳ぐのは、熟練した水泳選手でも難しいと何かで読んだことがある。

 何で読んだんだっけ? と考えて、僕は舌打ちした。

 そうだ、高井戸の奴が僕が言ったことを真似してSNSに書き込んでいたんだ。

 やっぱりあいつを殺さなきゃ駄目だ。


 僕は半分溺れながらも、内心で笑うことがやめられなかった。


 残念でした。高井戸。そして下高井戸。

 俺、死んでねーよw


 内心で響いた小馬鹿にしたようなその声に、僕は応える。


 大丈夫、何度でも殺せるから。






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何度でも殺せる。 苦虫うさる @moruboru

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