夏と君と
夏のネムノキ
第1話
梅雨が終わり、夏が始まろうとしていたあの日、窓からさす日差しが届かない場所で僕らは駄弁っていた。蝉の声は聞こえない。教室に入ってくる光はうんざりとした暑さではなく柔らかな温かみを感じさせる。効きすぎているクーラーは僕の体を震わせた。暖かい日差しを求め、窓の近くへ歩み寄る。うるさい彼、、、高橋の話を聞きながら。
「ほんとに最近つまんねー。」
この教室の異様ともいえる寒さに、彼も体を震わせていた。口をとがらせ、ぼやいたって仕方がないことをぼやいていた。そのあとも何かぶつぶつとつぶやいていた。
「昔からそんなことばっか言ってたけどな。」
と答えてみるが、高橋はもう話を聞いていない。深くため息をついた。僕と高橋は中学校からの同級生だ。別に深い友情があるわけでもないし、親友だと思ったこともない。ただ、彼が気さくな性格で、クラスの中心にいて、誰にでも話しかけられるような、そんな奴だっただけだ。高校生になって、中学が同じ奴が僕だけになったから、今まで以上に話しかけてくるようになったのだろう。そのおかげというべきか、そのせいでというべきか、彼は、僕が心を許す数少ない人物になっていた。
「なんか面白いことないのか?地球滅亡レベルの隕石が落ちてくるとか、大怪獣とか宇宙人がやってきたりとか、そんで地球防衛隊が迎え撃ったりとか。」
そもそも、地球滅亡レベルの隕石ってどんぐらいだよ。地球防衛隊ってなんだよ。お前の妄想に全人類を巻き込むな。もしそれが実現したとして、何も面白くない。むしろ怖い。
「別にいいじゃないか、平凡で。」
結局口に出したのはその一言だけだ。
「なんだよ菊池、お前もつまんねーな。」
高橋の言葉にムッと顔を歪ませたが、気付いていない。さらに言葉を連ねる。
「漫画とかで主人公がよく平凡とか平和とか平穏とか望んいでるけどな、俺はああいうのが大っ嫌いなんだ。なんでそんな面白味のない人生を歩みたいんだ?信じられねえ。」
多くの人を敵に回しそうな発言だ。
「でもそういう主人公たちは決まって平凡とはかけ離れた人生を送るけどな。」
何気なく発した言葉だったが、これが彼に火をつけたようだ。
「そう!そこだ!俺はそこが許せないんだ!」
面倒くさいことになった。元から面倒くさかったけど。
「主人公が平凡を望むなら、平凡のままでいいじゃねえか!」
「そうしたら話が進まなくなるだろう。」
「俺らは望んでもいないのに平凡なんだ。こんなの不平等だ!」
「一緒にしないでくれ。」
僕も平凡ではあるが。それにしても、よくもまぁ、フィクションの話にここまで熱くなれるものだ。呆れを通り越して尊敬する。
「確かに菊池はそういう主人公たちと共通している部分があるな。平凡とは言えないかもしれない。」
「共通している部分なんかあるか?」
「だってほら、俺がいないときはたいてい一人だろ?」
この男にはデリカシーがないのか。時折ふとした瞬間に僕の心を傷つける。心の柔らかいところを容赦なく針で刺してくる。自覚がないのが恐ろしい。真っ先に、
「違う。」
と否定した。
「別に孤独が好きなわけじゃないし、好んで単独行動をしているわけじゃない。もちろん、自分は周りとは違うなんて思ったこともない。ただ、苦手なんだ。人と接するのが。高校生になって新しい友人を作ろうともした。だけどできなかったんだ。勇気が出なくて。」
なかなか気恥ずかしいことを言ったつもりだったが、彼はもう話を聞いていなかった。それどころか、机に突っ伏していびきをかき、寝始めた。僕は彼を起こさず一人で帰ることにした。冷房を最低温度にして。教室を出ると、生ぬるい風が僕の頬を撫でる。その風は、クーラーで凍えた僕の体を温めてくれた。どこかで一匹の蝉が鳴き始めた。夏が近づいていることに、僕は、密かに胸を躍らせた。
夏と君と 夏のネムノキ @natsunonemunoki
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