決戦

 改めて俺は、この巨大な怪物と対峙した。

 黒い体に、赤い腹。トカゲを丸くしたような外見に、皮膚を覆う粘液。

 イモリの見た目に、よく似ている。


「こっから先は、俺が相手だ」


 俺は望愛のマチェットを構える。

 望愛の戦い方を何度も見てきた。構え方ぐらいなら、なんとか再現できる。


 怪物は、二、三度まばたきをする。そして、


「ギャァァァァ!!」


 体をくねらせ、粘液を滑らせ、突進してきた。

 すぐ後ろには、望愛が居る。

 俺はマチェットを突き立て、踏ん張る。

 衝撃で地面が大きく凹む。粘液や怪物の血液が飛び散り、肌につく。


「・・・・・・ぐっ!」


 あぶられたような、ヒリヒリする痛みが、肌に走る。

 傷が治らない辺り、怪物同士でも相手を倒すことは出来るようだ。

 それなら──


「でりゃぁぁぁ!!」


 俺は、動きの止まった怪物の顎を思い切り蹴り上げ、マチェットで喉元を切り裂く。


「グオオォォァ!!!」


 傷口から血を吹き出した怪物は、そんな叫び声をあげる。が、


「おい、嘘だろ・・・・・・」


 間も無く、吹き出す血は完全に収まり、傷口が塞がった。


 そう言えば昔、図鑑かなにかで見た覚えがある。

 なんでもイモリは自己再生能力にたけ、半端な傷じゃすぐに骨まで回復してしまうらしい。


「ちくしょう、切り落とすしかないか」


 流石のこいつでも、頭を切り落とせば死ぬだろう。

 だが、


「ナオ危ない!」


「えっ!?」


 ──ブンッ!!



「ぐわっっっ!!!」



 凄まじい速さで、怪物は尻尾を振るった。

 望愛が注意してくれたのにも関わらず、対処出来なかった俺はそのままビルに叩きつけられる。


「ナオぉぉぉ!!」


 俺はガラスの窓をぶち破り、建物の中に入る。

 幸い骨は折れていないようだ。ガラスで切った皮膚も、すぐに治っていく。・・・・・・あまり良い感触じゃないな。なにより、とんでもなく痛い。


「くそ・・・・・・痛てぇ。俺は大丈夫だ!!」


 望愛の声にそう返事をして、俺は立ち上がる。

 さっきの衝撃で、マチェットは粉々に砕け散ってしまった。首を切り落とす作戦は、使えない。



 ビルの内部は案外明るかった。パソコンやデスクやなにやらと様々なものが散乱し、ひどい状態だ。

 よくよく見ると、あの怪物の粘液も飛び散っている。

 ちぎれて火花を散らせた電気のコードが粘液に落ちた。粘液は瞬く間に燃え上がり、ビル内を一層明るくした。

 渋谷がこんなに燃えているのは、この粘液のせいでもあるみたいだ。



 怪物はどうやら俺を見失ったらしい。辺りをキョロキョロと見渡している。案外頭が悪いのかもしれない。


 あの位置なら、望愛とも距離がある。何かあれば、俺がタックルなり正拳突きなりでもしてまたノックダウンさせて────


 そうだ、武器なんて無くても、やつを倒せる。


 最初に俺が飛びかかったとき、吹き飛ばされた奴はしばらく動けなかった。それは、脳しんとうを起こしていたからだ。

 つまり、外側から大きな圧力がかかれば、奴を倒せるんじゃないか?


 我ながら頭の悪い脳筋な考えだ。でも、一か八かやってみるしかない。


「ギャァァァ!!」


 奴の叫び声が聞こえる。どうやら見つかったようだ。

 怪物はまた、体当たりの姿勢をとる。

 粘液が潤滑剤の変わりになって、奴の加速を助けている。その代わりに奴は、簡単には止まれない。


「こいよトカゲ野郎! 俺をまた、弾き飛ばしてみろ!!」


 俺は仁王立ちして、そうあおる。

 怪物は、凄まじい速さで体当たりをしてきた。


 粘液を地面に塗り付け、奴が迫る。


 ──まだだ


 迫るごとに、奴のスピードが増していく。


 ──まだまだ


 そして奴は、ビルに突っ込んできた。


 ──今だ!!


 俺は思い切り、左に飛んだ。

 脇を突進する怪物がすり抜けていく。


 怪物は、とてつもない音を立てて、ビルの柱を砕き、止まった。

 倒壊寸前だったビルは、その一撃で限界を向かえた。

 俺は急いでビルから脱出する。



 ──ビルが崩れ去ったのは、その直後の事だった。



 凄まじい量の煙を立て、破片を散らし、ビルが崩れていく。

 俺は望愛のところへ駆けつけ、彼女の上に覆い被さった。


「望愛、伏せろぉぉ!」


「うわっ!」


 万一破片が当たりでもしたら大変だ。俺は望愛に覆い被さったまま、自分も頭を押さえた。




 がらがらと音を立てて崩れるビル。


 奴は、その下に消えた。



「・・・・・・収まった」


 倒壊が収まり、俺は望愛の上から退いた。


「倒した、の?」


「多分」


 俺達は、崩れ去ったビルの跡を見つめる。

 本当に倒せていたら、じきにあの怪物由来の粘液も、主と同様消えてなくなるだろう。


 そう考えていた、まさにそのときだった、


「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」


 突如、凄まじい絶叫と共に、あの怪物が瓦礫の山を吹き飛ばし、現れた。


 瓦礫によって切れた皮膚が徐々に塞がっていく。

 だが、瓦礫の下敷きになってひしゃげた頭や足は、いびつにへこんだままだ。きっと、おかしな状態で修復してしまったのだろう。


「くそ、まだだったか」


 俺は拳を握りこむ。


 怪物は、瓦礫の山の上から鎌首をもたげて、俺たちを見る。相当に衰弱してるはずなのに、全く隙がない。


 あと一撃、きっと、それで勝負は決まる。


 だが、その一撃を仕掛ける隙がない。どうする。どうする・・・・・・

 


「ねぇ、ナオ」


 そんな最中、望愛が俺を呼んだ。


「ん? どうした、望愛」


 俺は望愛を振り返り、そう聞く。


「ナオ。これを・・・・・・」


 彼女は、スーツのポケットから、あるものを取り出した。


 それは銀色に光る、小さな小さな四角い箱状の物────タバコの代わりにと兄貴に貰った、お守り代わりにと望愛に渡した、あのライターだった。

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