3.しかして天使は少年の孤独と少女の事情を知らされない。
(吏`・ω・´) みんな、“いろいろ”だからね。
あの大騒ぎの日曜日から、二週間が経っていた。
私とくるりの関係が、少しだけ変わった。
「
朝。
リンリンとカバンに付けた鈴を鳴らして、くるりが教室に入ってきた。
「おはよう、くるり。どうしたの? 今日はギリギリだったじゃない」
「うん。なんかね、一個先のバス停で降りちゃって。歩いたら絶対迷うって思ったから、お姉ちゃんに車で迎えに来てもらって―――」
「何があってそうなったのよ」
以前までだったら、くるり特有の天然だとか、ドジなところが出たとか、そう決めつけて一方的に心配し、“改善策”を押し付けていた。
またくるりも、そうした他者の善意を拒めない性格ゆえに、どこか歪な友人関係を続けてしまうことになっていた。
「まぁいいわ。お昼のときに詳しく聞かせてもらう」
「……うん」
今は違う。「くるりはそういう子だから」などと勝手に思ったりはしない。
なにか事情があるのだろうと考え、態度を保留できるようになった。
ほら、私だって成長しているでしょう? と。
右斜め前、くるりの隣の席を見たが。
「遅いわね……」
「……」
私は、どうにもすかすかとした視界のまま午前の授業を受けた。
※※
昼休み。
「違うんだよ吏依奈。いつも通りの時間で、いつも通りの路線バスに乗ったはずだったの。だけどね、ぜんぜん学校に着く気配がしなくて」
「へぇ」
お店広げした弁当にも手を付けず、くるりはいきなり話し始める。
よほど聞いてもらいたかったらしい。
「どこにも停まらずに、ずーっと走り続けてるの。変だなぁ。間違えちゃったのかなぁって思いながら周りの人を見てたら、なんかいつもと違う顔の人が多いなぁって」
「ふぅん」
そこで言葉を切り、溜息をついたくるり。
なにやら疲れているご様子。
「その中で、すごく辛そうな顔したおばあさんがいてね。声かけたら「○○墓地まで行きたいんです」って。それならグリ高前停留所の一個先だからわたしが案内しますよって言ったら、いきなりバスが止まって「○○墓地~、○○墓地~」って。
わたしが「着きましたよ」って言って手を引いてたら、ほかのお客さんたちも全員降りてきて。急に霧が立ち込めてきたんだ。そしたら、おばあさんを先頭にお客さんたちがずらっと並んで「ありがとうございました」ってお礼言われちゃって。空っぽになったバスが「終点~、終点です」ってぜんぜん終点でもないのにそう言って走り去っちゃって。
妙だなぁ、怖いなって思って振り返ったら、そこにいたはずのお客さんたちが全員いなくなってて。しかもそこ、よく見たら○○墓地なんかじゃなくてこないだ取り壊しが決まった団地でね。なんでわたし、あそこを墓地だって思い込んでたんだろ。おばあさんたち、どこに行ったんだろうね?」
そこで、話を終え、いよいよ弁当を食べ始めるくるり。
なにやら憑かれているご様子。
「ちょっと待って!? 何の話!?」
「うわっ!? びっくりした!」
「季節外れよ! なんでこの梅雨入り前にトラディショナルな怪談一席ぶったの!?」
「うん……? まぁ、お化けさんたちも特に夏限定で活動するわけでもないんじゃない?」
「レギュレーション! レギュレーション違反よ! これは幽霊さんたち反則負けね! 今朝の話はくるりの気のせいってことになりましたぁ! サヨナラバイバイまた夏に会いましょうねハイ終わり! このお話はおしまいっっっ!!」
「ごめんなさい。吏依奈って怖い話ダメだったんだね。お詫びに唐揚げを一個あげよう」
「別に怖くなんてないけどね。どうせ何かの勘違いだしモグモグ……」
「うんうん、そうだね」
……くるり。
ひょっとしてだけど、私がうるさいから唐揚げ口に突っ込んだの?
「そういえば、怖いって話じゃないけど、吏依奈もどうしたの?」
「なんがよ?」
モグモグしながら返事をする。
「ついつい付いてきちゃったけど、なんでわたしたち、この屋上階段の踊り場でごはん食べてるの?」
ごっくん。
「……どうしてかしらね」
六月。少し強くなった日差しが、窓から差し込んでくる。
「……」
「……」
短い沈黙の後、くるりが言った。
「今日はカズくん、学校来なかったね」
「……あれ? そうだったかしら? あれ、どうしたのくるり」
信じられないものを見たような目を、思い切り見開いている。
「嘘でしょ吏依奈」
「な、なにが?」
「身の毛もよだつほどトボケ方が下手くそ」
「身の毛もよだつほど!?」
怪談を話しているときすら使わなかった表現がこのタイミングで使われた。
「でも分かるよ。最近はずっとここだったもんね」
「なんとなくよ、なんとなく」
「寂しいよね」
「別に」
「カズくんのおうち、ここからすぐ近くなんだって」
「ふーん、便利ね」
「……」
「……」
「ぼくは~た~いむふらいや~」
「待って!? なんでこの場面で雑にRADWIMPSぶち込んできたの!?」
「ここまでの会話と吏依奈の表情から新海みを感じたので」
「感じないで」
「あはは!」
これも、少しの変化。
くるりが、私を(雑に)イジるようになった。
勘弁して欲しいが、コロコロ笑うのを見ると許してしまう。
天使ではない“普通の女の子”くるりを見られるようになった気がする。
「まだ先の話だけどさ。夏になったら、海とかプールとか行きたいよね」
「!!」
「声に出そっか」
あまりに魅力的なお誘い過ぎて表情だけですべてを物語ってしまったらしい。
「去年の夏休みは、吏依奈がいろいろあってどこも行けなかったもんね」
「……そう、ね」
その通り、いろいろあったのだ。
でも、今年こそは。
「私も、くるりと遊びに行きたいわ」
「うんうん」
「その真っ白な柔肌を僅かな布地だけで包んだ姿、つまり水着のくるりをこの目に二度と網膜から剥がれないように焼き付けたい心からそう願うわ」
「……わたしもカズくんに会いたくなってきちゃったなぁ」
肝心じゃないことばかり漏れるこの口が呪わしい。
「話、変わるんだけど」
「ん?」
「カズくんね、詳しい事情は知らないんだけど、お母さんが大変らしくて」
「……そうなの」
彼にも“いろいろ”あるようだ。
「すっごい頭良いのに進学クラスじゃないのも、それがあったみたい」
「へぇ、そんなに頭いいんだ」
「何言ってるの吏依奈」
「へ?」
「こないだのテスト、学年一位だよ。ていうか、入学したときからずっと一位だよ」
「ずっと」
「医学部志望なんだって」
「医学部」
「吏依奈ってなんでちょいちょい
自分とはあまりに遠い世界過ぎて、オウム返ししかできなくなっていた。
私は、相楽のことをくるり以上に何も知らない。
「吏依奈、みんな“いろいろ”だからね」
「うん?」
「何か力になれることがあったら、わたしに言ってね」
「……うん、分かってるわ」
でもきっと、くるりには言えないだろう。
結局、相楽は今日一日、一度も授業に出なかった。
※※
放課後。
「二俣、ちょっといいか」
私は職員室に呼び出された。
「今度のテスト、だいぶ頑張らんと今年の夏もつまらんぞ」
「はい」
「……いや、ちょっと言葉が悪かったか。お前はもう頑張っとるしな」
「……いいえ、今年こそは補習で夏休みが潰れないよう、頑張ります」
そうなのだ。
くるりにも言えない、私の事情。
それは。
二俣吏依奈は、勉強ができない。
【続く】
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(-_-メ)和) 言の葉の庭
(吏`・ω・´) 君の名は。
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