2.黙して天使は少年と少女の成り行きを見守る。

(-_-メ)和) 『顔の割に小さな胸』くらい読解が難解だぞ桜井和寿かお前は。

 昨日の曇天は今朝まで続き、いよいよ俺たちの街に雨を降らせ始めていた。


「メシ、できたぞ」

「ああ、ゆっくりでいい」

「食べたら薬もちゃんと飲んでくれよ」

「これはいらないか。少し脂っこかったかもな」

「もう少し食べてみないか。一応サプリもあるけど」

「……分かった。トイレはどうだ? ちょっと見させてくれ」

「じゃあそろそろ行くかね。何かあったらすぐ帰ってくるからな」


 左手のカバンの中に教科書弁当参考書。右手には傘。


 そして顔にはマウスガード。


 よし。


「行ってきます、母さん」


 玄関を開けるとすでに栗武くりむ高校の前に立っている。


 徒歩二分のところに県下2,3番目の進学校があって良かったといつも思う。


 通学時間が短い。

 朝が慌ただしくない。

 これだけでQOL生活の質は上がる。


「……」


 雨粒が傘を叩く無機質な変拍子。


 校門近くのバス停で、俺は立ち止まる。


 もうすぐ、ナガサの乗ったバスが来るからだ。


 なんとなく待ってやらなければならない気にさせる。


 そういうところも、ナガサの人たらしな部分なのだろう。


 ちなみに、二俣ふたまた吏依奈りいなのバスは路線が少し違ってナガサと一緒に登校するのは難しいらしい。


 悪い奴じゃない。それは昨日のやり取りで十分に分かったが、同時にたいそう残念な奴だということも知った。


 そういうキャラだから、ナガサが懐いたのかもしれない。


 考えている間に、大岩のようにバスが転がってきて、よく冷えたサイダーを開けるようにプシュッと音がすると、小柄な“他称天使”が舞い降りた。


「カズくん!」

「よぉ」

「今日も待っててくれたんだぁ」


 えへへ~、と気の抜けた笑顔。ショートボブで大きな黒目を持つ丸顔は、モコモコとした小型犬を思わせた。


「あっちの角からその鈴の音が聞こえてな」

「バスを隔てても聴こえちゃうレベルだとさすがに外すことを検討するよ?」


 カバンに付けたたくさんの鈴は、気まぐれな猫のようでもある。


「いや、その音こそナガサの証明だからな」

「鈴でそこまで存在感でてるかな」

「歴史上で言えば甘寧かんねい以来の快挙だ」

「三国志まで遡っちゃうかぁ―――っと」


 言いながら、さも当たり前のように俺の傘の中に入ってくる。


「傘忘れちゃって」

「朝から降ってたよな」

「カズくんの真似して魔法瓶に入れたミネストローネのこと考えてたら家に置き忘れちゃって」

「そのトンチキな食いしん坊万歳エピ持ち出して俺のせいだと申すおつもりで?」

「楽しみだなぁミネストローネ。具マシマシにしたんだよ」

「それより傘のこと忘れない程度に脳みその具ゥ増やせ」

「頭ミネストローネだね」


 ちょっと意味が分からないが、無邪気が過ぎる発言に笑うしかない。


 よもやよもやで相合傘登校と相成ってしまった。


 これはマズいかも分からんね。


 もしまたバッタリ校門でナガサガチ勢なアイツに会ってしまったら。


 などと考えているから、出くわしてしまうのだ。


 校門の前、少し先を歩く花柄の傘に、ナガサが反応した。


「吏依奈ぁー! おっはよー!」


 そして、歌い上げるように親友の名を叫んだ。


「……」


 強い風が吹く。

 春雨と傘が横に傾いた。

 明るい茶のセミロングが見えた。


 たしかに二俣の背中だった。


「……あら」


 さっきまであくびでもしていたのか、少し潤んだ目がこちらを振り向いた。


 醸し出すイメージと同じく、キリッと、きつい目をしている印象が強かったが、実はそうでもないようだ。


 が、こちらに近付いてきながら、だんだん怪訝けげんに細められていくのだった。


「お仲のおよろしいことで」

「そう見える? えへへ~」

「……」

「二俣、これはな―――」

「そんなに怯えた目をしないでよ。別に取って食ったりはしないわ」


 おや。


「くるり、あなたまた雨が降ってるのに傘忘れたの?」

「ナガサ被告人、今の証言は真実か。再犯なのかね?」

「えへへ……?」

「「可愛い顔で誤魔化すな」」


 思わぬ斉唱ユニゾンのち沈黙。


 雨粒が跳ねる不規則な連符。


 校門の金属を甲高く跳ね返る。


 火花のように水たまりに跳ねる。


 一瞬、二俣と目を合わせてしまう。


「……」

「……」

「じゃあなナガサ」

「え!? ……う、うん」


 俺は傘持ちの先導エスコート役を放り出し押し付ける形で足早にそこを離れた。


 傘の下。雨に混じって花のような香りが抜ける。


 さっきまで相合傘をしていたナガサの匂いだろうか。


 それとも。


 匂いと同じ柄の傘を持っていた、彼女の匂いだろうか。


※※


 教室にて。


「おはよう相楽くん」

「うん」

「うんは挨拶じゃないわ」

「……ふふっ」

「笑った?」

「笑ってないぞ」

「表情が分かりづらいからって適当なこと言わないで」


 二俣がムッとした。


「ごめんなさいね説教臭くて。だっておばちゃんだもの。留年生のダブ吏依奈リーナちゃん18歳だもの。さぁ敬いなさい無駄に年だけはとって同じ勉学を二年繰り返しただけの年長者を年功序列という空虚なしきたりだけを理由にね」

「どえりゃあコシの入った自虐かえってきた」


 ダブり生徒が持つなんらかの地雷を踏んでしまったらしい。


「違う。こちとらこの歳まで勉強しかしてこなかったボッチっちだもんで、朝一番は声帯が人見知り決めてまっとるのよ」

「めちゃめちゃ雄弁じゃない。でもまぁ、相楽くんは見た目の割にウブで恥ずかしがり屋なのね。まぁ許してあげるわ」

「見た目の割に……」

「なに?」

「いや」


 ―――イケメンじゃない。


「いや二俣、見た目の割にってどういう意味だ。『顔の割に小さな胸』くらい読解が難解だぞ桜井和寿かお前は」

「何を言ってるの!? 誰それ!?」

「まぁ、今の女子高生がMr.Childrenミスチルなんて聴いてるわけないか」

「な、名前くらいは知ってるわよ?」

「俺も韓国でホームステイ先の親父が好きじゃなかったら聴いてないし。90年代の日本に生きる韓国人だったな」

「めちゃめちゃ交友関係広くて濃い気がするのだけど? ほんとにボッチなの?」


 窓を打つ雨音が激しくなった。


「あの……さ―――」

「ん?」

「……今日も、お昼いっしょに食べない? くるりがね!? 食べたいって言ってるの」


 ちなみにナガサは別の友達と喋っている。


 チラリとその方を見ると、目が合ってしまった。


 なんなんだ、と思い視線を戻すと、二俣とも合ってしまう。


 ―――なんなんだ。


 断続的な雨音。胸がざわめく。


 最初の授業が始まる時間になった。


 今日は、一日中ずっと雨の日のようだった。


【続く】



キャラプチ紹介


☆好きなミスチルの曲は?


(@*'▽') fanfareファンファーレ

(-_-メ)和) HANABI

(吏`・ω・´) himawari(チラッと聴いたことがあるだけ)

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