私が、なんで怒っているか分かる?
こねこちゃん
第1話 コロナ禍より、妻禍
「……私が、なんで怒っているか分かる?」
「えっ?」
我が家に帰ると、玄関で娘を抱いた嫁が怒っていた。
私は思い当たる節もなく、この青天の霹靂状態に暫しフリーズする。
「いや、まったく心当たり無いんだけど……」
妻はドンと床を踏みしめた。
ひーっ!?
「同期の恭介……いや、高橋君に聞いたんだけど」
私は「はっ」として妻から目を逸らした。
私と妻は元は同じ職場の同僚であり、妻は娘を妊娠したところで退社している経緯がある。従って、私の会社での行動は何かしらの拍子に妻の耳に入ることがあっても不思議ではないのだ。
会社絡みなら、思い当たることが無い訳でもない。
アレかな? 改善提案賞の賞金のことかな?
手取りが30万円を超えるにも関わらずお小遣いを2万円(弁当代込み)しか貰えない私にとって、会社の改善提案制度によって現金で頂ける賞金は貴重な収入源だったのだ。それが、例えひと月に1,000円程度だったとしても。
……おのれ高橋のヤロウ、以前からちょっと妻と微妙に仲がいいとは思っていたが、こんなことまでチクられるほどの仲だったとは、油断した。
私は玄関先で土下座し、その件を素直に妻に詫びる。
本当に申し訳ありませんでした。とほほ・・・。
「何それ! 信じられない! 今まで貰った分は全額没収させてもらうからね!」
「えっ?」
ソレじゃなかったらしい。お約束の自爆でしたオーマイガー。
「それも許せないけど……、あなた、この前の新型コロナのワクチンの職域接種、しなかったらしいじゃない!」
「きゃうーん!」
バレた。
最もバレてはいけない奴に、バレてしまったオーマイガー。
妻は、病的とまでは言わないが、かなりのワクチン接種派なのだ。
子育てで大変とは言え、専業主婦故に毎日テレビを見まくれる環境だからか、私から見れば大袈裟とも感じる国の方策やマスコミの煽りを信じて、新型コロナウイルスを必要以上に恐れているのである。
対して私は、その辺りを懐疑的に見ていた。
決定的な治療方法が確立されていないのは確かに恐ろしいことではあるが、結果だけ見れば、日本においては従来のインフルエンザや肺炎等と比較してもわずかと言わざるを得ない数の感染者や死者を出していないこともある。
そして、そもそもワクチンにも懐疑的だ。
効くか効かないかということより、まだ治験データもまともに揃ってない段階の代物を信じ切ることができないのだ。まるで、人体実験のモルモットの様に感じてしまうのだ。
「……いや、その。。。」
私は上述の様な反論を言いかけて、呑み込んだ。
無駄。
無駄なのである。
この女に、論理的な意見など通じるわけがないのは、そうは長くない結婚生活で嫌と言うほど思い知らされているのだ。
「個人の自由ってことだったので……」
そう。
会社の方針的にも、個人の自由ということになっていた。
その理由はもちろん、前述したワクチンの信頼性の問題が大きいのだが。
妻は再び、ドンと床を踏みしめた。
うひーっ!?
「わ た し は 打 ち な さ い って 言 っ た よ ね ?」
妻の背後より、ぐももと闇の雲が沸き上がるのが見えた気がした。
そこからは妻からの一方的な悪意のマシンガン掃射が私を襲った。
耐えろ、耐えるんだ私!
妻がこうなったら、プライドを心の中の塹壕に伏せさせ、罵倒という弾丸が通り過ぎるのを待つしかない。
……しかし娘よ。よくもまあ、この悪意の嵐の中で顔色ひとつ変えずに落ち着いていられるな。それどころか、私を見下ろす目は侮蔑を含んでるようにも見える。
ウン、そんなところがママにそっくりで可愛いねオーマイガー!
数分後。
「はあ、はあ」
流石の妻も、あれだけヒステリックに喚き散らかせば弾切れらしい。
……ふう、やれやれだぜ。
私は心の中で胸を撫でおろした。
しかしながら、妻の口からは必殺の一撃が続くことになる。
「離婚ね」
「えっ?」
「もう信じられない。ここまで家族のことも考えられない人だったとは! 離婚。離婚よ!」
ちょっと落ち着いて。
そんな大袈裟なことではないだろう!
私は慌てて立ち上がると、興奮する妻の両手で掴んで落ち着かせようとする。
そこで、泣き出す娘。
「……!!! 痛い! これアレよ! DV。DVよ! 助けて~」
ドゴッ!
ぐふう!!!
妻の膝が私の腹にクリーンヒットする。
どっちがDVやねん! オーマイガー!
こうして、私が玄関でのた打ち回っている間に、妻は寝室に籠ってしまった。
いやいやいやいや。
そりゃ、理不尽だなーとは思うけど。嫌だなーって気持ちは変わらないけど。家庭崩壊させるくらいなら、ワクチン打ちますって!
とりあえず謝り倒しながそう言ってみたものの、いつまで経っても取りつくシマもない。
埒があかないので、この日は最近割り当てられた私の寝室で寝ることにした。
涙が出る。
寝室が同室だと夜泣きとかで眠れないでしょ?と言って、空き部屋にわざわざ私の寝室を作ってくれた優しい妻はどこに行ったのだろう。とほほ。。。
仕方がない。根気よく謝って、妻の機嫌を取るしかないだろう。
しかしながら妻は、翌日も、その翌日も機嫌を直してくれなかった。
そして迎えた土曜日。来訪者が三名。
妻の両親と、弁護士を名乗る初老の男であった。
私は妻とその両親から一方的に散々詰られ、弁護士からはDVだどーだと脅され、徹底的に精神を破壊されることになった。
なんだよ。私がここまでの仕打ちを受けることをしたのか? ワケがわからない。
結果、私は茫然自失のまま、離婚届に判を押すことになる。
そして、妻は娘を連れ、両親と弁護士と共に家から出て行った。
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