第27話「転校生」



 ピンポーン

 星は土屋家のインターフォンを鳴らした。今日からまた普段の授業が始まる。いつものように星は七瀬の家に迎えに来る。


 ガチャッ


「七ちゃん、おはよう」

「星君……おはよう……」

「おっ、お前が星か」


 七瀬の背後からスターが顔を出した。


「それにしても星って……なんか親近感が湧く名前だな」

「……誰?」


 星は目を丸くしながら、天使の格好をした少年を眺める。






「へぇ~、七ちゃんの能力はそのKANAEっていう天界アイテムの力なんだ」

「そうそう。んで、こいつは今日から俺の実験材料になった」

「もっと他にいい言い方ないの?」


 登校の時間を利用し、七瀬は星に事情を話す。案の定すんなりと信じ、彼の寛容性に感謝した。名前が親近感が湧くからと、星とスターはすぐに仲良くなった。


 昨晩発覚した自分の願いの能力の正体や、天使や神々、死後の世界などの常識を超えた存在を前にして、七瀬の頭はパンク寸前だ。何はともあれ、七瀬はスターに課せられた人間の欲求傾向の調査に協力することになった。


「ていうか、本当に学校まで付いてくるつもり?」

「仕方ないだろ。お前がどんなことに能力を使ったかを記録しないといけないんだから」


 昨晩、4つの願いをどんなことに使ったかをしつこく聞かされたことを思い返す七瀬。今更ながら、とてつもない面倒事に巻き込まれてしまった。


「えぇ……自分のことを天使とか言うヤバい人と知り合いだって思われたくないし……」

「おい!!!」


 スターがぽかすかと七瀬の背中を叩く。身長が低いため、頭を狙おうとしても届かないのだ。星が引き剥がしてまぁまぁとなだめる。


 彼の話によると、欲求傾向を調査するために、現世の人間一人を対象にKANAEの能力を与え、対象が7つの願いを全て叶い終えるまで監視し、その間に願ったことを事細やかに記録することになっているらしい。


「ハァ……」


 これからしばらくスターと生活を共にしなければいけないと思うと、七瀬は重たいため息を溢した。








「おはよう恵美……」

「おはよ。今日転校生来るらしいわよ」

「恵美、これ以上私の頭に情報を詰め込むと爆発するから」


 既にスターから説明された非科学的な事象が七瀬の脳内を埋め尽くしており、これ以上新情報をインプットする気になれない。重たい頭を支えながら、ゆっくりと席についた。


「転校生? 高校で転校生なんて珍しいね」

「うちのクラスじゃなくて2組にだけどね。まだ顔は見てないけど」


 星は転校生の話題に興味津々だ。恵美の情報収集能力に1組の生徒達は感服する。どの生徒も転校生の話題で持ちきりになっている。七瀬は楽しむ余裕がないみたいだが。




「んで、さっきから後ろにいるその子がそうなのかしら?」

「え? うわっ、スター! 入ってきてたの!?」


 星は背後を振り向くと、スターが何の躊躇もなく教室に入ってきていることに驚愕した。1組の生徒達も次々と彼の存在に気付いていく。転校生の話題が、天使の格好をした不審な少年の話題へと徐々に切り替わる。


 ガラッ


「みなさん席に着いてくださ~い」


 担任の凛奈が教室に入る。早速知らない少年がいることに気付き、眉を垂れる。めんどくさいことになってきた。スターは七瀬の席の横に立つ。


「あの……あなたは一体……」

「俺はスター。天界からやって来た天使だ」


 誤解を招く自己紹介を堂々と口にしたスター。生徒達はざわつき始める。横にいた七瀬は他人のふりを貫こうと考えたが、流石に放っておくわけにもいかない空気であったため、何とかごまかそうした。


「あ、あの……私の親戚の子です! 訳あって家で預かることになったんですけど、なんか好かれちゃったみたいで、学校まで付いて来ちゃったんです。すみません……」

「そうですか……」


 七瀬はスターの頭を撫でる。あんたからも何とかごまかしてくれと、彼に目線を送る。


「も~、学校まで来たらダメでしょ~。今すぐお家に帰った方がいいんじゃな~い~?」

「七瀬……さっきから何言ってんだ?」


“あんたのためにごまかしてんのよ! 察してよ!!!”


 『お前、頭大丈夫か?』と訴えるスターの瞳が、逆に七瀬を腹立たせる。端から見れば天使と名乗る彼の方が異常だ。人間は進化の遅れた生き物だと罵っていた彼の態度を思い返し、更にイライラする。天使は場の空気が読めないほど進化しているらしい。


「し、仕方ないなぁ~、今お迎え呼ぶからね~」

「七瀬、さっきから喋り方キモいぞ。大丈夫か?」

「もぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 いつまでも察しない彼に振り回される七瀬だった。








「ハァァァ……」


 スターを何とか説得して家に帰し、ようやく心を落ち着かせることができた七瀬。ため息がより一層深くなる。


「七瀬ちゃん、今から転校生の様子を見に行くんだけど、一緒に行かない?」

「うん……」


 美妃が七瀬の席にやって来た。彼女も最初に話した頃とはだいぶ変わり、少しずつクラスメイトとも馴染んできた。

 七瀬は重たい体を起こし、席を立つ。例の2組に配属されたという転校生の姿でも見れば、気分が晴れるだろうか。




「え、待って! めっちゃイケメンじゃん!」

「カッコいい! いいなぁ……2組羨ま~」

「見れば分かる。イケメンな奴やん」

「スポーツも勉強も得意そう。マジかっけぇ……」


 2組の教室前の廊下は案の定人だかりで溢れており、誰もが転校生の姿を一目見ようと群がっていた。七瀬は美妃を守りつつ人だかりをかき分け、何とか姿が見える位置にたどり着いた。


「おぉ……」


 転校生は男子生徒だった。かなり薄い山吹色のサラサラヘアーで、スラッとした体型に高い身長、艶の溢れる綺麗な肌が特徴的だった。絵に描いたような典型的なイケメン男子だ。


 彼は人だかりに気付くと、爽やかな笑顔を向けて手を振った。


「キャァァァァァ~!!!」

「マジカッコいい!!!」

「もっとこっち向いて~♪」

「はぁ……イケメンすぎる……」


 女子生徒達が黄色い声を上げる。ここはアイドルのコンサート会場か何かだろうか。しかし、七瀬から見ても彼は確かに顔立ちが優れている。星といい勝負を繰り広げそうだ。


「……///」


 想像の中とはいえ、星を比較対象にしている自分に気付き、思わず頬が赤く染まってしまう。


「も~、どこ見てるの?」

「あんな奴ら見てないで、私達とお話しようよ~」

「あんた、さっきから一人占めしてない? 彼はみんなのものよ!」

「はぁ? 一人占めしてんのはあんたの方でしょ?」


 彼の周りにも、食べカスに群がる小蝿のように女子生徒が吸い寄せられていく。廊下からでしか眺めることができない他のクラスの生徒とは違い、2組の生徒は至近距離から彼のイケメンフェイスを眺めることができる。


 完全なる勝ち組だ。もはや優位な立場に酔いしれ、彼との一時を独占しようと喧嘩まで始める始末である。


「みんな落ち着いて。クラスメイトなんだから、仲良くしようよ」


 彼のイケメンボイスが女子生徒の脳を震わせる。


「ひゃぁぁぁぁぁ!!!」

「ほわぁぁぁぁ」

「イケボォ……」

「マジ無理。カッコよすぎる……」


 彼の見せる動作の一つ一つが、周りの女子生徒を魅了していく。


平居昇ひらい のぼる君って言うんだって。確かにカッコいいよね」

「えぇ」


 美妃が恵美から聞いた彼の名前を教える。これだけ女子生徒が騒ぎ立てるのだから、神様も認める相当の美男子なのだろうと納得する七瀬。


「昇君……」


 不思議だ。彼の美形を眺めていると心が落ち着く。雰囲気から優しい性格が滲み出ている。クラスメイトに向ける明るい笑顔、落ち着いた態度、恵まれた体つき……何もかもが七瀬の目には魅力的に見えた。


 まるで星のようだ。


「……///」


 また無意識に星を比較対象に上げてしまっていた。赤く染まった頬を見られまいと、七瀬は人だかりの中に潜り、自分の教室へと戻っていく。




「……」


 昇は人だかりの中から七瀬の姿を一瞬だけ見つけていた。彼女の赤面を思い返しながら、深く考え込む。






「ハァ……」

「七瀬ちゃん、朝からため息多いね。何かあったの?」


 美妃が心配そうに七瀬の顔を覗き込む。


「いや、実はね……………あっ」






「星くぅん、今日のお昼一緒にどぉ~?」


 自分の教室に戻ると、真理亜が再び星をたぶらかしていた。生徒の大半が昇に集中している隙を見て、こっそり星に近付いていたのだ。


「真理亜ちゃん、自分の教室に戻ってよ……」

「えぇ~、真理亜、もっと星君と一緒にいたぁ~いぃ~💕」

「真理亜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 全速力で真理亜を引き剥がしに行く七瀬。どうして今日は自分の平穏な日常を揺るがすことばかり起こるのだろうか。何か不吉な事件が起こる予感がした七瀬だった。


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