第4章「体育大会」
第26話「ロマンティック・プラン」
四日目は首里城を見学し、国際通りでお土産の爆買いを楽しんだ。もう既にお土産はたくさん買っているのだけど、後悔しないように最後の最後まで楽しめることを探した。
いやぁ、最高だったわ、沖縄。
「沖縄、また行きたいね。次はもっといろんなところ巡ろうね!」
「えぇ」
数多の思い出に胸を馳せながら、私は星君と飛行機に乗り、那覇空港を飛び立った。中部国際空港でバスに乗り換え、七海町へ戻る頃には、みんなは疲れ果てて泥のように眠ってしまった。
私と星君もお互いの肩にもたれ、いつの間にかすやすやと寝息を立ててしまっていた。
「七ちゃん、たくさん買ったね……」
「自分でもちょっと馬鹿なんじゃないかって思ったわ」
星君が買いすぎた私のお土産袋を運ぶのを手伝ってくれる。お店で選んでる時は何の躊躇もなくほいほいとカゴに入れていったけど、流石に一人で持ち運べない量を買うのは、我ながら頭がおかしいわね。
「七ちゃん、袋もう一つ持つよ」
「ありがとう」
星君は合計5袋あるお土産の内、3袋を持ってくれた。やっぱり男の子の力は頼もしい。元々お父さんかお母さんに帰りは迎えに来てもらおうと思ってたけど、星君が一緒に帰りたいと言って今に至る。
「それにしても、願いの能力なんて本当にすごいね」
「驚かせてごめんなさいね。この力で叶えてほしいことがあったら何でも叶えてあげる」
「お~、七ちゃんカッコいい!」
彼と一緒の時間はたとえ歩くだけでも楽しい。これから積もる話もたくさんあるし、家に着く最後の一瞬まで、星君との修学旅行を思う存分楽しむとしよう。
「だから、その女を早く呼んでくれよ!」
私の家が近付いてきた時、玄関付近に誰かの声が聞こえた。来客だろうか。にしては、かなり切羽詰まったような声を上げている。
「ん?」
私は玄関を覗き込む。そこには黄色い髪の若い男の子が立っていて、私のお父さんとお母さんと話し込んでいる。
「さっきから星って何のことだい? 言ってることがよく分からない」
「うちの子ならもうすぐ旅行から帰ってきますので、大人しく待っててください」
「早くそいつに会わないと大変なんだ! 能力を悪用されたら終わりなんだよ!」
二人共困った様子だ。どうやら来客の男の子の意味不明な言動に、相当迷惑しているらしい。
彼の姿をよく見ると、真っ白のシャツと半ズボンに、取って付けたような小さな羽が背中に生えていて、頭上には黄色の輪っかが浮いている。
そう、その姿はまるで……
「天使……」
「ん? あぁ! お前だな!」
男の子がこちらに振り向いた。私の存在に気付いた途端、ものすごいスピードで駆け寄ってきた。借金取りのごとく私にきつく迫る。
「お前、変なこと願ってないだろうな!? KANAEを悪用してたら許さないぞ!」
「ちょっ、ちょっと! あなた誰? ていうか、何その格好」
なんか、変な子に絡まれちゃったな……。
「俺の名はスター。セブンからやって来た天使だ」
彼は私の家に上がり、リビングで胸を張りながら説明してくれた。彼は死後の世界のセブンという場所、私の概念でいう天国みたいな場所に暮らしている天使だという。
……はい、もう前提話の時点で既に理解不能なんですけど。
「はぁ……」
「死後の世界……まぁ、天界とも言うな。そこには現世で死んだ人間が暮らしてるんだ。そして天界ではたくさんの神や、俺達みたいな神候補生の天使がいて……」
「ちょっと! そんなに次々と話されても理解が追い付かないんだけど!」
スターが混乱している私達を置いて説明を続けるから、私は思わず彼の口を止めた。
横で聞いてるお父さんとお母さんなんか、ものすごい角度で首を傾げてる。いきなり死後の世界とか天使とか神とか、訳の分からないことを垂れ流すのだから、当然の反応だ。
「全く……人間は進化が遅れているな」
いやいや、あなたの基準で物事を語らないでほしい。こちとら現世でしか生きてない普通の人間なのよ。こっちの脳のキャパシティを考えてちょうだい。
「それで、天界の天使様が一体何の用?」
「あぁ、俺達は神様の元で修行してるんだが、一ヶ月半ほど前、俺を含めた数十人の天使が集められて、ある計画が立ち上げられた。その名も『ロマンティック・プラン』!」
名前からしてカッコつけて命名した感が否めない。そんな自慢気に言われても反応に困るわよ。
「マロン……ティックトック……プラン?」
お母さんの首を傾げる角度がきりきりと大きくなっていく。今時の大人にはカタカナ語は難しいか。お母さん、『マリトッツォ』だって覚えるのに三ヶ月かかったものね……。
「ロマンティック・プランだ!」
バッ
突然怒鳴って弓矢を取り出したスター。高速で矢を放ち、お母さんの額に命中させる。お母さんは一欠片の悲鳴を上げる暇もなく、ばたりと机に伏せる。
……え?
「お母さん!」
「成海!」
冷静に眺めている場合じゃない。お母さんの額に矢が突き刺さっているのだ。私とお父さんは慌てて駆け寄り、お母さんの肩を揺らす。嘘でしょ……殺したの?
「……ぐぅ」
「ね、寝てる……」
お母さんは可愛い寝息を立てている。なんだ、眠っているだけか。でも、この矢は一体……。
「天界アイテム、ドリームアロー。対象を瞬時に眠らせることができるんだ」
「何その某探偵漫画に出てきそうなアイテム……」
びっくりして心臓が止まりかけたけど、お母さんの命に別状がないことが分かって安心した。とはいえ、これで彼が天使の格好をした精神異常者ではないことが証明された。お母さんの寝息と彼の真剣な表情が、それを物語っている。
「話を戻すぞ。セブンを統治する女神、ユリア様が俺達天使にその計画を命じたんだ。だから俺は人間の欲求傾向の調査をするために現世に来た」
「欲求傾向……?」
彼が言うには、天使達はセブンで暮らす死者達の生活支援をしているとのこと。ユリア様というセブンの長みたいな人が、更にサービスの質を向上させようと計画したのが、ロマンティック・プランのようだ。
そのために、人間がどのようなことに興味を抱き、どのようなことを望み、どのように欲求を満たすのかを調べるのだという。それが欲求傾向の調査ということらしい。
「それで、俺はこの……七海町? ってとこに飛ばされたってわけだ」
「人間の欲求調査ねぇ。どんな感じにやるの?」
なぜ私は質問しているのだろう。既に私はスターの言う何もかもを信じきってしまっている。普段は非科学的なことは一切信じないのに。
でも、信じないことには話が進まないし、彼も納得しないだろう。ややこしい話になりそうだけど、私は仕方なく彼の声に耳を傾けることにした。
「KANAEを使うのさ」
「カナエ?」
「俺が開発した天界アイテムだ。体にエネルギーを注ぎ込むと、自分の願いを何でも7つまで叶えることができるんだ」
「え?」
ようやく私の脳内と彼の説明がシンクロした。私はそれを知っている。十中八九……いや、もはや100%の確率で私の願いの能力のことだ。
私はシャツの裾を捲り上げ、脇腹に刻まれた数字を確認する。確か昨日見た時は4って……あ、3になってる!
「あぁ、やっぱり! お前俺のKANAEを使ってたな!」
きっと星君の前で雨が止むように願ったからだろう。そうか、この数字は叶えることができる残りの願いの数を示していたんだ。
この願いの能力は、一ヶ月半前に私の元に落ちてきた星型の機械がもたらしたもの。あの星がスターの言う天界アイテム、KANAEだったんだ。長い間の謎がようやく解けた。
「何してくれてんだよ……それは欲求傾向の調査をするために使うはずだったのに……」
「えっと……ごめん」
スターが参った表情で脱力する。でも、なぜか申し込ない気持ちがあまり沸き立たない。正直この能力のおかげで、自分の長年のコンプレックスを感じにくくなってたし、星君とも修学旅行を楽しめて幸せだった。
「でもまぁ、使っちまったもんは仕方ねぇか。あと3つ残ってるし、何とかやってみるしかなさそうだな」
私の脇腹に刻まれた数字を眺めるスター。私は手を離してシャツを下ろす。天使だけど一応相手は男の子なんだから、体の変なところ見られるの恥ずかしいんだけど。
スター、いつまで見てんのよ……。
「お前、名前は?」
「え? 土屋七瀬……」
あまりに真剣な表情で尋ねるものだから、正直に答えてしまった。能力を好き勝手使ったことに対する反省の気持ちも込めて名乗った。もはやプライバシーのへったくれもない空気だ。
「土屋七瀬、俺の調査に協力しろ」
「えぇ……」
あぁ……修学旅行から帰ってきたばかりなのに、まためんどくさいことになりそうだ。
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