第23話「一緒がいい」



 時刻は午後1時を回った頃だ。そろそろみんなは、マリンスポーツを始めたかな。ベッドで横になっていたら、腹痛がだいぶ安定した。恐らく夕方には完治すると思う。私は布団に包まれながら、暖まってきたお腹を擦る。


 でも、辛い。


「うぅぅ……」


 枕に涙の染みが広がる。お腹の傷みなんかどうでもいい。それより辛いのは、星君とダイビングに行けなくなったことだ。楽しみにしていたのに、突然の体調不良に襲われてしまった。


 原因は分かっている。真理亜さんだ。彼女が何かしたに違いない。先程の昼食で、やたらと私達の席に居座りたがっていた。


 私達の目が離れた隙に、私の食事に何か盛っんだ。彼女が離れた後に口にしたサラダは、少々味に違和感があった。ドレッシングの味だと思って、疑わずに口にしてしまった私にも非はあるかもしれない。

 だけど、明らかに食中毒などとは別の痛みが私を襲った。彼女の性根は想像以上に腐っている。


「……」


 本当に嫌で仕方がない。星君にすり寄ってくる厄介さ、私や他の女子生徒に見せる険悪な態度、何もかもが気に入らない。


 今頃星君は、彼女とマリンスポーツを楽しんでいるのかな。私も一緒に楽しみたかった。ダイビング……やりたかったよ……。




 全部真理亜さんのせいで台無しだ。真理亜さんの……いや、真理亜のせいだ。仕返ししたい。今すぐ彼女も痛い目に遭わせてやりたい。男を食い物にするクソ女に、正義の鉄槌を食らわせたい。




「……あ」


 そうだ。すっかり忘れてた。私には願いの能力があるじゃないか。天から授かった特別な力が。これがあれば、たとえどれだけ離れていても、こちらが体調不良であっても、彼女に仕返しができる。


 確か心の中で願うだけではだめだ。口にすれば願いは叶う。さて、どうしてやろうか。なるべく私より苦しんでほしいな。


「真理……亜……」


 私に対する悪態、星君に言い寄ってくる尻軽さ、星君とダイビングを楽しめなかった怒り……全てを力に変えて、私は口を開いた。


「どうか、真理亜を……」






 ガラッ

 突然医務室のドアが開き、誰かが入ってきた。


「やぁ……七ちゃん……」

「星……君?」


 星君だ。 なんで……どうして……?


「だって……僕も体調不良なんだもの……」


 そう言って、星君はお腹を押さえながら、苦しそうにベッドへと歩み寄ってきた。








「え? 真理亜が?」

「うん、びっくりしたよ。すぐに確信はできなかったけど」


 私と同様に治療薬を口にして、ベッドで横になった星君。彼の体調も安定した頃に事情を話してくれた。やはり謎の体調不良は真理亜が下剤を盛ったのが原因だった。

 しかし、星君は真理亜が私の食事に下剤を入れた一瞬を目撃していたらしい。その時は彼女が何を企んでいたかが分からなかったため、すぐに言い出せなかったようだ。


「でも、七ちゃんが怪しい粉がかけられたサラダを口にして、そこでもしかしてと思ったんだ」


 そういえば、あの時星君はわざわざ私の皿に盛っていたサラダに箸を突っ込み、口に運んだ。どうせ私をからかおうとしてるのだと思っていた。

 自分も同じものを口にして、入れたものが下剤かどうかを確認するためだったんだ。


「浅野先生に言って、僕も見学させてもらうことにしたよ、えへへ……。でも、やっぱりちょっと苦しいね……」




「……なんでそんなことしたの?」


 実際に下剤を盛られたサラダだったのだから、星君は想像を絶する苦しみを味わった。私も味わったけど、なぜ星君が同じことをする必要があるのか。


「だって……七ちゃんが一人になるでしょ?」


 星君は私に真剣な顔を向けてきた。


「せっかくの修学旅行だよ。一人になるのは嫌でしょ? 七ちゃんに寂しい思いはしてほしくないんだ」

「でも、マリンスポーツは!? せっかく高いお金払ったんだから、行けばいいのに!」


 私は納得できない。わざわざ自分から体調不良になって、私に付き添う必要なんてどこにもない。あの時私と同じものを食べなければ、星君は今頃ダイビングを楽しめていたはずだ。


 星君……どうして?




「七ちゃんと……一緒がいいから」

「え?」

「僕、七ちゃんと一緒がいい! マリンスポーツだって、ずっと七ちゃんと一緒にやりたかったんだ。でも、七ちゃんがいなかったら、ちっとも楽しくないよ……」


 私と一緒がいい。その言葉を聞いて、私はかつての小学生の頃の星君を思い出した。

 そうだ、仲良くなったばかりの彼は、いつも私がそばにいなきゃ何もできなかった。私に一緒にいてほしいと、駄々をこねたこともあったっけ。泣きながら私の背中を追いかけていた。


「班別行動だってそうだよ。七ちゃんがいてくれたから、僕、すごく楽しかった。本当に幸せだったよ。ありがとう」


 そうか……彼は私と一緒にいるということを、心の底から楽しんでくれている。私と一緒にいることに意味を見出だして、同じ時間を共有することに安らぎを感じてくれているんだ。


「だから、一緒にダイビングが楽しめないなら、こうして一緒に医務室で寝てる方がマシだよ。僕、七ちゃんとずっと一緒にいたい。七ちゃんと一緒なら、どんなことでも楽しいから」

「星君……」


 自分は弱い女だから、男よりも弱い存在だからという考えに長年囚われてきた。それで自分の存在にずっと自信を持てないでいた。でも、そんな私でも彼は一緒にいてほしいと言ってくれる。今の私を価値付けしてくれる。


 本当に……この男はしょうがないわね。今も昔も。


「ありがとう。ダイビングはまたいつかね」

「あぁ……うん! いつか一緒にやろう! 約束だからね!」




 星君の笑顔を見て我に返った。私はなんてとんでもない思想に染まっていったんだろう。彼が医務室に来る前、私は真理亜に仕返しをしようと考えていた。願いの能力を、誰かを傷付けることに使おうとしていた。


 対して彼を見てみればどうだ。大切な幼なじみを傷付けたからといって、真理亜に仕返ししようなんて考えは微塵もない。彼の誰に対しても平等な優しさに触れて気付いた。復讐は何も生まないと。

 私も見習わなければいけないな。彼の優しさを。この能力は使い時を考えて、大事にとっておくとしよう


 時刻は午後3時57分。2時間近くベッドで横になっていたというのに、星君が隣にいるだけで退屈しなかった。


 ガラッ


「二人共、体調は大丈夫ですか?」


 凛奈先生が私達の容態を見に来た。少々透けてる薄手のシャツ……そうか、マリンスポーツは終わって、今は海水浴の時間か。


「はい、もう大丈夫です」

「よかったぁ……この様子なら夕食は食べれそうですね」


 凛奈先生はでっかい胸に手を当て、ホッと撫で下ろす。


「浅野先生、水着似合ってますね!」

「え、あ、ありがとうございます……///」


 星君が凛奈先生の水着を褒める。照れる先生、可愛い。先生は上にシャツを着てるけど、海水で濡れて透けてるから、下に着ている花柄ビキニが丸見えだ。なんか……エロいなぁ。


 あっ、星君、先生の巨胸見てる。


「星君、何鼻の下伸ばしてんのよ」

「えぇ!? の、伸ばしてないよ!」

「嘘! さっきから先生の胸眺めてるし! 男ってサイテー!」

「信じてよ七ちゃぁぁぁぁぁん!!!」


 何だかんだで星君と一緒にいる時間を、マリンスポーツよりも楽しんでしまった私だった。


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