夢見る世界

あびす

夢見る世界

「皆様、本日はお忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます。今回皆様にご覧に入れますのは、私達の脳科学研究の成果でございます」

 静かな会場の中、壇上に立った女性の声だけが響く。これはとある研究所の研究発表の場。もちろん公なものではく極秘に進められていた研究であり、列席している人物達がそれぞれ著名であることからわかる通りその重要度もさるものだ。

「まずは実物をご覧いただきましょう」

 そういうと女性は壇上の人の背丈程の物体に近づき、それにかけられていた布を取り払った。

 会場にどよめきが走る。布の中から出てきたのは、ガラスの水槽に入れられた人間の脳であった。電極がいくつも繋がれ、培養液の中に浮かんでいる。

「これこそが私達の研究の成果です。この脳は特殊な培養液と電極に接続しており、肉体を失った今でも意識を保ち続けている、つまり生きているのです」

 再び会場が騒然となる。その中で、一人の男性が手を挙げた。

「すみません、一つ質問をさせていただきたい。その脳が生きているという証拠はあるですか?」

「当然の疑問でございます。それでは、この脳の意識、つまりこの脳が感知している世界を皆様にご覧いただきましょう」

 壇上に用意されたモニターに映像が送られる。そこでは、ゴブリンやオークなどのモンスターと戦いを繰り広げる情景が映し出されていた。

「この映像はこの脳が今リアルタイムで感知している情景を映しています。この脳はもともととある少年のものであり、この少年が自殺したときに無事だった脳を取り出して研究対象にしました。他者の介入が許されないこの少年だけの意識のため、今映している情景は少年の願望が形になった世界といえます」

 会場の反応は様々だ。呆気に取られる者、頷く者、そしてこれを利用してどう商売をするか考える者。

 「そしてここからが私達の研究の真骨頂です。脳に繋がれている電極は意識管理とともう一つ役割があり、電気信号を流して意識をコントロールすることができます。つまり、望む者に永遠の幸せな世界を届ける事ができるのです」

 一通り発表を聞いた会場の参加者達が様々な意見を交わす。

「なるほど、永遠の快楽を得ることができるわけだ」

「しかし他者のいない、つまりは全てが妄想なわけだ。それは虚しいだけでないか」

「だがそれを本人が知覚することはない」

「そもそもこれは倫理の道から外れた非人道的なことではないのか」

 騒ぎがある程度収まったところで、再び女性が口を開く。

「皆さま、様々な意見はあると思います。しかし、彼を見てください。この少年は学校でいじめられ、地獄のような日々を暮らし、その果てに自分で命を絶ちました。でも今は違う、自分の思うままの世界で自分のやりたいように生きています。まるで天国にいるように。それは確かに『幸せ』と呼べるのではないでしょうか。それと最後には一つ」


「あなた達の脳が電極に繋がれていないと、果たして本当に証明できますか?」

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夢見る世界 あびす @abyss_elze

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