第130話

 皆が帰り支度をしている時、楓は彩音と並んでドアの近くで待っています。


「髪型、変えるのか?」


「えっ?……気付いてくれたんですか?」


 楓が気付いてくれていたことに彩音は嬉しくなりました。そして、楓がそのことを口にしてくれたことが意外にも感じています。


「悠花さんが、見た目の印象も変えてみた方が良いとおっしゃったんです。」


「そっか。」


「……似合いませんか?」


 すると、楓は彩音を正面から見ました。突然、向かい合うことになり彩音は急に恥ずかしくなります。


「似合うと思う。……でも、それだけだと少し足りないかな。」


「……足りない、のですか?」


「あぁ、次来るときまでに準備しておくよ。」


「何を準備されるんですか?教えて下さったら、こちらで準備いたします。」


「いや、それは俺がやることだから。」


 それから楓は少しだけ何かを考え込んでしまい、


「あれ?俺がやらない方が正解なのか?……でも、まぁ、それくらいなら大丈夫だよな。」


 一人で納得して自己完結させてしまいます。

 彩音は何の話をしているのか理解出来ておらず、楓の話を黙って聞いていました。

 ただ、そこで皆の準備が整ってしまい、話の続きはありません。



「……あぁ、東雲社長。……娘の彩音です。娘の友達も遊びに来ていたようですね。」


 彩音たちがエントランスに行くと、浩太郎たちが待っていてくれました。


「これは、皆さん大変お綺麗で華やかですね。初めまして、東雲晴彦と申します。……あっ、それと私の息子の樹生です。」


 東雲社長と呼ばれる人物は、浩太郎より若く見えす。柔らかな笑顔で、浩太郎も好意的に接している様子が窺え緊張感はありませんでした。


 ただ、楓が『会っておいた方がいい』と言っていた東雲樹生を見た彩音たちは固まってしまいます。それは樹生も同じで、彩音たちを見て僅かに混乱しているようでした。


「ん?……どうした?お前、彩音さんと会ったことでもあるのか?……さっき水瀬さんを見た時も様子が変だったが、ちゃんと自己紹介をしなさい。」


 樹生は端正な顔立ちで身長は楓より少し高いくらいですが、洗練された雰囲気があります。


「えっ?……い、いえ。……初めまして、東雲、東雲樹生です。よろしくお願いします。」


「あっ、はい。……九条彩音です。……よろしくお願いいたします。」


 子どもたちの態度がおかしいことに気付いた浩太郎と晴彦は不思議そうに見ていました。この場で楓だけは彩音と樹生の様子や、澪と悠花の表情を見ていて微笑んでいます。


 それから彩音は浩太郎に促されて、澪や悠花たちも紹介してそれぞれに挨拶をします。


「……あの、次はわたしだけでこちらにお伺いしても構いませんか?」


 樹生からの問い掛けに彩音は戸惑いましたが、彩音も会って話をしたいと考えていました。


「ええ、もちろん構いませんわ。お待ちしております。」


「それでは、事前に連絡を入れさせていただきます。」


 そこで樹生は楓を見て、


「水瀬さん、連絡先を教えていただけませんか?」


「……えっ?俺の連絡先ですか?」


「ええ、初対面でいきなり女性の連絡先を聞くのは失礼ですから、あなたに橋渡しをお願いしたいんです。」


「構いませんけど、直接連絡を取り合った方が早いと思いますよ。」


「別に急ぎではありませんから大丈夫です。」


 樹生は笑顔で楓の返事を待ちます。楓も、それ以上断る理由はなかったので連絡先を教えることにしました。


 ここで彩音ではなく楓の連絡先を聞いたことは意外な展開です。千和や渉美は、彩音を取り合う2人をイメージしてドキドキしていましたが、楓と樹生は和やかに連絡先を交換していました。

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