第81話

「変に怖がらせたり、心配させたりしたくなかったから、会って話した方が良いと思ったんだ。」


 楓は真剣な顔になり、話題を変えました。電話だと真意が伝わらないと思っての判断です。

 

「……今回の件、ですか?」


「あぁ、いろいろ考えていて、九条さんたちが以前に『マリー・アントワネット』の話をしていたのを思い出したんだ。」


「えっ?……『マリー・アントワネット』さんですか?」


「そう。悪役にさせられた王妃様。」


 ソフィアのことを考えるきっかけになった人物でした。

 贅沢を省みることなく、民衆の敵になってしまったことで処刑された人物です。『パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない?』が重なり、彩音たちが前世を思い出すトリガーにもなっています。


「……はい。覚えております。……あれから少し勉強もしましたが、今回の件と何か関係があるのですか?」


「庶民の反感を買うってことでは、今回の件は近い意味があるのかもしれないと思ったんだ。『マリー・アントワネット』が、善人だったのか悪人だったのか俺には分からないけど、あの時代に悪役になる人は必要だった。」


「……ですが、大変な浪費家だったということですよ。」


「浪費家だから悪人になるのか?贅沢できる人が贅沢することで悪人になるのなら、世の中には悪人ばかりになる。」


「わがままな性格、というのは?」


「王妃様の性格を民衆一人一人が知ってるわけないだろ?誰かが『あの人はわがままです』って言えば、わがままにされるんだ。」


「あっ、だから、楓さんは『印象操作』なんて言葉を使われたんですね。」


「あぁ、少なくとも俺は『マリー・アントワネット』が処刑されるほどの悪人だとは考えてない。やっぱりズレてただけなんだ。」


 楓が、『処刑されるほどの悪人とは考えていない』ことで彩音は少しだけ安心しました。それと同時に、『ズレている』ことを実感できなかったことに同情してしまいます。


 

「理事長は、私たちを『悪役にしたい』のでしょうか?」


「あの理事長が、そんなことしても意味はないと思う。」


「えっ?……それでは、今回のことは理事長と無関係ですか?」


「関係してはいるんじゃないかな。海外の修学旅行先で、あんな写真を偶然撮られたりしない。」


 楓の言う通り、写真の提供者は学園関係者である可能性は否定できませんでした。澪や悠花も、そのことは疑っています。


「狙いは分からないけど、『隣の芝生が青く見える』人は大勢いるんだ。世の中、多数派は正義になって、少数派は悪になる。九条さんたちのような暮らしが出来る人は少数派で、羨ましがる人も多い。』


「そのための記事だった?」


「正確なことは分からない。でも、その可能性も考えておかないとね。……もちろん、学園の理事長がそんなことをしても何もメリットはないから、勝手な想像でしかないけど。」


 処刑台の下にいた大勢の人たちが、楓の言っている多数派であったように感じています。ソフィアが処刑される理由にも『贅沢』という言葉があり、今回の記事にも同じ言葉が使われていました。


「……やっぱり運命には逆らえないのでしょうか?」

 

「その運命に逆らうために、九条さんたちは頑張ってるんだろ?……そのことを言いたくて来たんだ。」


 彩音から漏れた呟きを聞いて、楓は照れくさそうに言いました。

 驚いて楓を見た彩音の視線を外すように、そっぽを向いてしまいましたが気障な言葉を恥ずかしがっているようです。

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