第80話

 彩音は自分の心臓の音が聞こえるくらいになっていました。

 思い出したくもない場面が再び頭の中に甦ってきます。


『ゴメン、俺の言い方が悪かった。……今回の件で記事に書かれているのは学校全体のことで、九条さんのことじゃないから心配しなくてもいいんだ。』


「そうですよね。ですが、少し気になることがあったので心配になってしまいました。」


 前世の話を楓にするわけにはいかないので、彩音は心配になっていることを細かく説明はできませんでした。


『……明日、学校の帰りに九条さんの屋敷に寄らせてもらうよ。その時に話さないか?』


「えっ!?」


『直接会って話をしておきたいんだ。』


 驚いている彩音は、無意識に『お待ちしております。』と答えてしまっていました。楓は九条邸に何度も来ていますが、楓からの約束で彩音を訪ねて来たことはありません。


 電話を切った後も、彩音の心音は大きなままでしたが、理由は変わっていました。心配事がなくなったわけではありませんが、彩音の中にあった嫌な感覚は消えています。


――楓さんが、私のために来てくれる……。


 彩音にとっては、楓が心配してくれていることだけで十分です。深刻に悩み続けるのではなく、能天気な性格に助けられてしまい、何の話をしていたのかも忘れかけていました。



 翌日の学園でも修学旅行の記事が話題になっています。

 学園にも親たちからの問い合せがあったようで、『安全対策は十分だったのか?』が議論になっていました。


「……なんだか、大変なことになっていますね?」


「彩音様や悠花さんのご家族は何かおっしゃっていますか?」


「父が理事長との面会を予定していると聞きました。理事長から連絡があったみたいですわ。」


「えっ、そんなお話になっているんですね?」


 澪と悠花は驚きましたが、彩音は緊張感なくニコニコしていました。その余裕とも取れる態度に違和感はありましたが、落ち込んだりしていないことで安心しています。


 今回は、彩音たちよりも周囲のザワつきの方が大きくなっていました。



□□□□□□□□



「……コーヒー、なんですね?」


「えっ?あぁ、コーヒーも好きなわけじゃないけど、紅茶よりもいいかな?」


 彩音には紅茶、楓にはコーヒー。タエが準備してくれていましたが、何も言われていなくても楓にはコーヒーが出されます。

 おそらくは浩太郎と話をする時に飲んでいることが予想されますが、ちょっとした変化に驚いてしまいます。


「それにしても……、突然お話したいなんて……。」


 いつもは普通に話せていましたが、何となく改まった気持ちになってしまい言葉が上手く出てきません。


「ん?電話で話すことではないかなって、思っただけなんだけど……、迷惑だったかな?」


「迷惑なことなんてありません。」


 ここで彩音は選択を誤ったことに気付きました。応接室では他人行儀に感じてしまい、私室に楓を通してしまっていました。

 事前に考えていなかったところに、タエから『彩音様のお部屋でよろしいでしょうか?』と聞かれてしまい、『お願いします。』と反応していました。


 楓も、まさか彩音の部屋に入るとは思っていなかったので、ぎこちなさがあります。タエも一緒だったので、彩音の部屋に連れられるとは考えておらず油断していました。


「紅葉から聞いてはいたけど、本当に掃除が大変そうなへやだな?……俺が入って大丈夫なのかな?」


「もちろん、大丈夫です。……ちゃんとお掃除もしていますから。」


 微妙な緊張感の中で、若干噛み合わない会話が続きました。

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