第55話

「……彩音様、どうされたのですか?」


 悠花が彩音を気にかけて声をかけてきました。

 この時には悠花と澪も千和と打ち解けており、すっかり楽しめている様子でした。そんな中で、一人静かに座っている彩音がきになっていました。


「えっ!?……いえ、何でもありませんわ。平気です。」


 ほとんどの場合、『平気です』と言ってしまう時ほど平気ではありません。ただ、『平気だから、これ以上は聞かないでほしい』という意味も含まれてしまいます。


「……そうですか。」


 悠花も、そのことは分かっているので会話は途切れてしまいます。紅葉のドレスや千和との対話は彩音にとって満足いく結果が得られていましたが、全て順調とはいかなかったようです。



 お茶会が終わるまでの時間で、彩音と楓が再び二人だけで話すことはありませんでした。

 彩音も楓が進学しないことに触れて良いのか分からずに、当たり障りのない会話で流してしまいます。それでも、紅葉が着ているドレスを見る度に嬉しい気持ちは湧き上がってくる複雑な状況になっていました。


「そのドレスは紅葉さんにプレゼントしますわ。」


「え?……いいの?」


「はい。本日の記念で、紅葉さんに受け取ってほしいと思っていたんです。」


「うん!ありがとう、お姉ちゃん!」


 満面の笑みでお礼を言った紅葉は、楓に報告するために駆け寄って行きました。楓は驚いた顔で彩音を見て、紅葉を連れて戻って来ます。


「いいのか?……こんな物を貰っちゃって。」


「もちろんです。私のお下がりになってしまって申し訳ありませんが、もう着ることも出来ませんので。」


「まぁ、紅葉が貰っても着る機会はないかもしれないけど。」


「そんなことはありませんわ。」


 紅葉が一生懸命に頷いて、彩音の言葉に同意しています。今日のために手直しを加えて小さくしているので、再び戻せば成長しても着れるはずでした。


「そうか、分かった。……ありがとうな。」


「ありがとう。」


 楓からの許可も出たので、紅葉は再びお礼を言いました。

 ここで、紅葉から楓に予想外のお願いがありました。


「……お母さんにもドレス着ている姿を見せたいから、このまま帰ってもいい?」


「えっ!?さすがに、その恰好で帰るのは恥ずかしくないか?家で着替えればいいんじゃないのか?」


「それだと、お母さんを驚かすことができないよ。」


 すると浩太郎がスッと登場してきました。


「それなら、車でお送りしよう。今日撮った写真は後日渡すとして、住所を聞いておきたかったから、ちょうどいい。」


「いえ、そんなことまでしていただくのは……。」


「言っただろ、君たちは大切なお客様なんだ。遠慮することはない。」


「……はい。すいません、ありがとうございます。」


 楓は、妹のお願いを断ることも出来なければ、浩太郎からの申し出を断ることも出来ません。

 彩音も一緒に乗って行きたい気持ちがありましたが、着替えを待ってもらうことになるので、今回は諦めることにしました。


「あの、また連絡したりしても、よろしいでしょうか?」


「あぁ、そうだな。俺も、生徒会のことは気になるから教えてほしい。」


「はい。……では、ご報告させていただきます。」


 生徒会選挙から先のことも考えていたのですが、楓の話を聞いてしまったことで計画の変更が必要になります。


「今日は、本当にありがとう。紅葉も、俺も、貴重な経験をさせてもらったと思ってる。」


「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。……私も、紅葉さんの元気なお姿を見られるのが、嬉しいんです。」


 少し気になる言い回しになっていたことが、楓には気になっていました。紅葉が『楽しそうにしている姿』ではなく、『元気なお姿』となっている微妙なニュアンスが引っかかります。

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