35.魔族領
「なによ、ここ」
驚いている様子のノアさんには悪いのだけれど、私には見慣れた景色だった。
大地は荒れ、
その景色にノアさんだけじゃなく、リカルドとノエさんも驚いている。グレンさんとシルビアさんは一度来ているということもあって驚いていないようだ。
「これが、バブルの木か。初めて見た」
驚いているリカルドの声は小さい。それは、近くにいる人に聞こえないようにと配慮したものだった。
私たちはバブルの木に囲まれていて相手から姿は見えていないだろう。もしかすると気配に気がついているかもしれないと思ったけれど、そんな心配はいらなかったようだ。
気配を探ると、私たちを気にしている暇がないような状態だった。しゃがんで気配を消して、ゆっくりと近づいて行く。それでもはっきりと姿を確認することはできない。
「偵察してくる」
そう言うとグレンさんはジャンプをして羽ばたいて姿を消した。木に登ったようで、見上げると僅かに尻尾が見えた。
「すごい」
「飛ぶのは苦手だけれど、木に登るのは得意なんだよな」
同じように見上げていたリカルドが小声で言った。
木に登って相手から見えていないかは分からないけれど、気づかれている様子はない。
視線を前に戻すと、そこにいる人たちは何やら話をしているようだった。
見えるのは、勇者マーキス・ラシュアン。青い髪に金色の瞳は、リカルドそっくりだ。マーキスさんの方が目つきは鋭いけれど、そっくりな顔をしている。
流石兄弟。
他にはマーキスさんの仲間と、魔族の姿。その魔族には見覚えがあった。一人はパパだ。マーキスさんの正面に立って何かを話している。
パパの後ろには十人の魔族。そこにはネブラの姿も見える。どうやら彼はここに戻って来ていたようだ。その口元には笑みが浮かべられていた。何かを考えているのかもしれない。
「どのタイミングで出ればいいんだろう?」
「気づいていれば合図をくれるとは思うんだけど、今ではニャいことはたしかニャ」
木に登ったグレンさんの声は聞こえないので、黙って様子を伺っているのだろう。できれば話している内容を聞きたいので、音をたてないようにゆっくりと近づく。
木の陰や、茂みから出ないように近づくと話し声が聞こえてきた。話しをしているのはマーキスさんとパパだけのようだ。他の人は黙って話しを聞いている。
「モンスターを止めないというのですね」
「私に言われても無理なものは無理だ」
「モンスターは魔族の言うことを聞くんでしょ!? 最近出てきた大きいモンスターをどうにかしてよ!」
突然、杖を抱きしめるように持っていた桃色の髪をした女性が大きな声を出した。その声にマーキスさんとパパが迷惑そうな顔をしている。
思い出した。そう言えば勇者パーティにぶりっ子ちゃんがいた。空気が読めない、会話に混ざりたがるという邪魔ばかりするキャラクターだったから私からの印象はとても悪かった。
二人の様子を見ると、どうやら会話の邪魔らしい。マーキスさんの他の仲間は呆れていた。一人は右手を顔に当てているので、またやってしまったという気持ちなのかもしれない。
「悪いけど、黙っててくれ」
少し低い声で言われて女性は驚いた顔をしている。何故そんなことを言われるのか理解できていないようだ。
「でも、悪いのは魔族なんだよ!」
「お前、黙ってろ」
「さっき言われたこと聞いてなかったのかよ」
仲間に怒られながら腕を引かれて、マーキスさんの後ろに下がる女性を見てパパは何とも言えない顔をしていた。
きっと、マーキスさんも大変だろうなと思ったのかもしれない。正直ゲームをしていた時は彼女が使えなくて大変だった。
でも、パーティの中で唯一回復魔法が使えたからメンバーに入れないわけにもいかなかった。
少しでも攻撃魔法が使えればよかったのだけれど、全く使うことができない。
「モンスターを止めれないのなら……」
そう言うとマーキスさんは鞘から剣を抜いた。パパと戦うつもりなのだろうか。
思わず駆けだそうとしたけれど、隣にいたリカルドに腕を掴まれて止まることができた。掴まれていなければ、パパを助けるために戦斧を手にマーキスさんに攻撃していたかもしれない。
マーキスさんはゆっくりと剣を持ち上げて、剣先をパパ――にではなく、ネブラに向けた。
「原因でもある彼に聞いてみましょうか」
「ああ、いいだろう」
そう言うと、パパは【
一瞬だけ驚いた様子に見えたネブラだったけれど、笑みを浮かべると突然笑いだした。どうやら予想していなかったようで、「いつの間に仲良くなったんですか!?」と笑いながら尋ねた。
「二日前だ。お前はいなかったから知らないだろうがな」
元々今日戻ってくる予定だったらしく、ネブラを捕らえるために二人で芝居をしたのだという。
そんなことを知らなかったネブラは笑い続けていたが、突然笑うのを止めた。
「本当、他種族と仲良くなるおつもりなんですね。愚かだ」
低い声で呟くと突然、何処からか「グオオオオオオオオオオ!!」という声が聞こえてきた。
この声には聞き覚えがあった。魔族領の森に住んでいるモンスターで、名前をフォレストコングという。空と同じ濃色をしており、危険モンスターに指定されている。
ここはフォレストコングの生息地ではないはずだ。それなのに、声が聞こえるということはネブラが何かをしたのかもしれない。
「ようやく来たようですね」
笑みを浮かべるネブラを見て、マーキスさんとパパも何かをしたのだろうと気がついたようだ。
このままでは、ここにフォレストコングが来てしまうかもしれない。隠れて様子を見ているのはもういいだろう。
リカルドを見ると、大きく頷いたので茂みから出た。すると、丁度木からグレンさんも降りてきた。
「フォレストコングだ」
「パパ、私たちはフォレストコングの相手をするからネブラはよろしくね!」
「アイ!?」
驚いて私の名前を呼んだパパの声が聞こえたけれど気にしている余裕はない。『青い光』に依頼をしたけれど、私がいるということは知らなかったのだろう。きっと、マーキスさんも同じだ。
先頭で走り出したグレンさんを追いかける。その先には街がある。街の近くにはいないと思いたいけれど、もしも街に出てしまったら被害が大きくなる。それだけは阻止しなくてはいけなかった。
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