32.実験

 お別れとはどういう意味だろうと思っていると、ネブラは剣を手にして勢いよく鞘を抜いた。お別れとはそう言う意味なのだろう。

 戦斧を手に、ネブラと戦おうとしたけれど突然ネブラが姿を消した。このまま魔王城に帰るはずはないだろう。

 後ろにいるのかと思って振り返っても見つからない。それなら上空だ。


「遅い!」


 気がついた時には既に遅く、上に顔を向けるとネブラが落下する速度を利用して剣を振り下ろしている姿が目に入った。

キン。という甲高い音が近くで鳴った。

 ネブラの剣が大きく軌道を外れ、私は咄嗟に後ろへ下がって避けることに成功した。

 それにしても、先ほどの音は何だったのかと思っていると、近くに矢が落ちているのが見えた。矢じりには冷気が纏っており、よく見るとネブラの剣の一部が凍りついている。この矢じりが当たったのだろう。

 誰の矢なのかは考えなくても分かる。これには見覚えがあった。

 立場は違うし、あの時私は攻撃をしようとしていたわけではないけれど。この矢はノアさんのものだ。

 どうやらそれは正解だったようで、足音が聞こえてきた。一つではない。複数の足音だ。気配からも分かる。メンバー全員が揃っている。


「間に合ったな」


 そう言ったのはグレンさんだった。昨日ネブラの話を一緒に聞いていたから廃坑にいるということが分かったのだろう。

 私が早い時間に一人で出かけたことをマーシャさんに聞いてすぐに駆け付けてくれたのかもしれない。

 全員からは僅かに殺気が放たれており、その殺気はネブラに向けられている。


「何処も怪我はしてないわね」

「よかった……」

「一人で行くニャんて危険ニャ」

「ごめんなさい」


 怒られているわけではないけれど、殺気を放ったまま言われると少し怖い。でも、心配してくれているということは分かる。


「ああ……邪魔ばかりが増える」


 先ほどよりも低い声のネブラは怒りによって声が震えていた。

 他種族と仲良くなるために、信じてもらうために冒険者になった私の存在が邪魔だし、私を信じてくれているリカルドたちもネブラにとっては邪魔なのだろう。


「ヤエ村でアイ様と接触することもできず、思い通りにもならないなんて」

「私は人形じゃない。自分の意思があるの。思い通りになるはずないじゃない」


 世の中が思い通りになるはずないことはネブラも分かっているはずだ。けれど、自分の思い描いている世界とは離れていくことに焦っているのかもしれない。

 どうやらヤエ村で感じた視線は彼のものだったようで、本当はその時に接触するつもりだったようだ。けれどあの時はグレンさんが一緒にいた。だから接触することができなかったらしい。

 だから、昨日の夜に接触してきたのだろう。あの時間だったら全員寝ているだろうから。でも、起きたのは私だけじゃなかった。それでも、接触には成功した。

 結果的には思い通りにはならなかったけれどね。


「どいつもこいつも邪魔ばかり。この廃坑にはイビルラットが住みついていて邪魔だったし。まあ、いい実験材料にはなりましたけどね」


 ヤエ村からの帰りに遭遇したイビルラット。あそこにいた原因はネブラだったのかもしれない。

 レッドコウモリがいなくなり、廃坑に住みついたイビルラットを追い出したことによって移動をしていたのかもしれない。けれど、実験材料と言っていた。

 住みついていたイビルラットに何かをしたのだろう。だから、イビルラットは逃げ出して別の場所に移動しようとしていた。

 ネブラに何かをされたから、イビルラットたちは気が立っていたのだ。


「実験?」

「ああ、その成果を見せるのも面白い。けれど、あれは言うことを聞かないんですよ」


 実験に成功したのかは分からない。けれど言うことを聞かないのでは、実験は失敗しているようなものではないだろうか。

 モンスターを使って魔族以外を排除しようとするのなら、指示に従うモンスターにしなくてはいけないのではないだろうか。

 近づかなければ攻撃されないので、指示に従わなくてもいいという考えはあるのかもしれない。でも、向かってきたら攻撃しなくてはいけなくなるので、指示に従うということが最低限必要なことだろう。


「何の実験をしたんだ?」

「増巨剤という粉をモンスターにふりかけたんだと思う」

「増巨剤?」

「以前魔族領で作られてた薬で、モンスターを大きくするものなの。でも、前に製造者も逮捕されて、薬も回収した。完成はされてなかったんだけど、ネブラが利用して完成させたみたい」

「なら、こいつを倒してそれを奪えば、モンスターが大きくなることもないのか」


 増巨剤を使っているのがネブラだけとは限らないけれど、最近の大きいモンスターはネブラが原因だったと思う。ネブラを倒すか捕らえるかをすれば、このあたりにいるかもしれない他の大きいモンスターが増えることはないだろう。

 大きいモンスターは私が冒険者になってから目撃されるようになった。私に接触しようと近くにいたのだろうから、ネブラが実験として薬を使っていた可能性は高い。


「ブルーウルフがここらへんに出るのだって、こいつが何かをしたんだろう」

「そうですよ。ただ、思ったような活躍をしなかったので増巨剤を使ったのですが……まさか、アイ様が倒してしまうなんて思いませんでした。あの力をこの私のためにお使いください」

「断る。私は何を言われようと協力しない」

「それは残念ですね」


 その言葉と同時にネブラの雰囲気が変わった。戦斧を手に、攻撃してきてもすぐに対応できるように構える。

 ネブラが足を一歩踏み出して攻撃を仕掛けようとしてきた。


「ギィギィギィ!!!」


 その時突然響きだすモンスターの鳴き声。声の大きさに思わず両手で耳を塞いだ。声は廃坑の中から聞こえてくる。だから響いているのだろう。

 両手で耳を塞ぎながら、ネブラは笑みを浮かべている。


「どうやら、あれが君たちと戦いたいようだ。私はそろそろ作戦を遂行しないといけないのです。存分に楽しみなさい!」


 そう言うとコウモリの姿に変わり、上空へと飛んで行った。作戦と言っていたけれど、いったい何をしようとしているのだろうか。

 ネブラの作戦を阻止するべきなのだろうけれど、廃坑にいるモンスターを討伐する方が先だ。

 声の大きさからも巨大なことが分かる。このまま放っておいたら、何処かの街や人に被害が出るのが目に見えている。

 ゆっくりとした足音が近づいてくる。


「いったい、何が出てくるんだ」


 さっきの話からすると、予想はできているんだけどね。

 確信はないので、近づいてくるモンスターが廃坑から姿を現すのを武器を構えて待つことにした。

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