12.レッドコウモリ


 聞こえる声に向かって歩き続ける。

 見えるのは木だけで、迷ってしまうのではないかと不安になる。けれど、リカルドたちの気配を感じることができるから迷うことはないだろう。

 声が聞こえるのは下の方。けれど地面の上ではないことが分かる。何かが木にでも引っかかっているのかもしれない。もしかすると、誰かが仕掛けた罠に引っかかっている可能性もある。その場合は助けることができないかもしれない。特定の生き物を罠にかけて駆除していることもあるからだ。

 声に近づいてくると、何かが羽ばたく音が聞こえてくる。それはただの羽ばたきではなく、暴れていることが音から分かった。

 いつから暴れているのかは分からないけれど、声の正体が暴れていることが分かって駆け足で向かう。何かに引っかかった鳥が助けを求めていたのだろう。

 暴れていて飛べなくなっていなければいいと思いながら走り続けていると、ようやく見つけることができた。それは大きな白い鳥だった。


「ロック鳥の子供?」


 ロック鳥は大きくなる。だからサイズから子供だろうと思った。

 私の存在に声で気がついたようで威嚇をするけれど、気にしている場合ではない。左足と体が木に巻き付いている蔦に絡まっている。

 威嚇をして嘴で突こうとしてくるけれど、「大丈夫」と声をかけると大人しくなった。蔦を外そうとしていると分かってくれたらしい。

 左足と体に巻きついた蔦によって体が逆さまになっているので、外した時に落ちないようになんとか体を抱きかかえる。体が大きいので、抱えるのも大変だけれど、蔦を切った時に落ちなければいい。【無限収納インベントリ】からナイフを取り出して左足を傷つけないように先に左足に絡みついている蔦を切った。

 蔦を切ると、ロック鳥の体重で体に巻きついていた蔦も切れた。突然ロック鳥の体重が私の腕にかかる。支え続けることはできなかった。思っていたより重かったけれど、落とすわけにはいかず、ロック鳥を抱えたまま後ろに倒れた。

 抜け出せたことに安心しているのか、大人しいロック鳥の体を確認する。暴れていたから左足だけではなく、他の場所も痛めている可能性があったからだ。

 左足に触れたり動かしたりしてみるけれど、痛がる様子もないことから擦り傷だけのようだ。

 重い体を優しく地面に下して立ち上がった。服についた汚れを払い落す。


「巣立ちをしたばかりなのかな?」


 座っていても私の身長より高いところにある頭を撫でて言うと、ロック鳥は嫌がることもなく大人しく撫でさせてくれた。

 このまま人になれさせてしまったら、野生で生きるのも危ない。人に近づいてくるかもしれないから。そうなったら襲われると思って殺されてしまうかもしれない。

 本来ロック鳥は人と関わることはない。このまま別れるのがいいだろう。


「それじゃあ、気をつけて飛ぶんだよ」


 怪我を治さなくても大丈夫だろうと判断して、そう言って背中を向けた。ロック鳥の視線が背中に突き刺さるけれど、振り返ることはしなかった。

 羽ばたき音はしなかったけれど、離れると突然気持ちのいい風が吹いた。



 リカルドたちのいる場所に戻ってくると、三人で廃坑を覗いているところだった。

 何かあったのだろうか。


「どうしたの?」

「大きな音が聞こえたんです」


 私の質問に返したのはノエさんだった。リカルドとノアさんは真剣な顔をして廃坑の奥を見ている。

 廃坑は道具を使って掘ったようでボコボコしている。壁には魔石の入ったランプがいくつも固定されていて、廃坑内は明るくなっている。それでも音の正体を見ることはできない。


「レッドコウモリか、別のモンスターが音の正体だとは思うんですけど……」

「でも、このまま様子を見ていても意味がないのでは?」

「それもそうだな。行こう」

「あんたは足手まといになられたら迷惑だから、ここで待っててもいいよ」


 不安そうなノエさんに言うと、話を聞いていたリカルドが頷いて廃坑に入って行った。本当は存在自体が迷惑だと言いたいだろうノアさんが私を睨みつけてからリカルドの後を追った。


「ごめんなさい」


 申し訳なさそうに謝ったノエさんは、それ以上何も言わずに廃坑内へと入って行った。謝った理由は、ノアさんの言動に対してだったのだろうか。分からないけれど、考えていても仕方がないので私もすぐに廃坑に足を踏み入れた。

 舗装されていない地面は石が転がっていたり、ゴツゴツしていたりして歩きづらい。

 奥へ進んでい行くと魔石の効果が無くなってしまっているランプがいくつもあって、廃坑内は暗くなっていた。これだとコウモリが住みつくにも丁度いい環境だろう。僅かにある明かりに虫が集まり、コウモリの餌になる。コウモリにとってはすみかとして最高だろう。

 さらに進んで行くと三人が聞いたという大きな音は聞こえないけれど、コウモリのものだろう声が聞こえてくるようになった。

 明かりもほとんどないけれど、明かりをつけなくてもまだ見える。それに、できれば明かりをつけたくはなかった。

 全員同じ考えなのだろう。誰も明かりをつけようとは口にださない。コウモリは明かりが苦手だけれど、突然明るくなれば人が来たことが分かってしまう。


「いないな……」


 少し開けた空間に出たので、天井に目を凝らすけれどコウモリの姿はない。リカルドが小声で呟いたけれど、その声は少し残念そうだった。レッドコウモリは体が赤いので目立つはずだ。それなのに見つけることができないということは、もっと奥にいるのだろう。

 誰も何も言わずにそのまま奥に進む。

 二分ほど進んでいると突然、広い空間に出た。そこには明かりが全くなかった。けれど、顔を上に向ければレッドコウモリがいることが分かる。赤く染まった天井。


「とりあえず、さっきの場所まで戻ろう」


 小声で話すリカルドの言葉に何も言わずに頷いて、少し開けた空間まで無言で戻った。

 あのままあそこで話をしていると、話し声に気がついたレッドコウモリが向かってくる可能性もあった。音に敏感なので気がついているかもしれないけれど、離れて話をする方が安心できる。


「数が多いなんて聞いてないわよ!」


 小声で怒るノアさんの言葉の通り、誰もレッドコウモリがあんなに多いなんて聞いていない。討伐数は三十だったので、勝手に三十匹だと思っていただけなのかもしれない。

 あんなに密集していたら、三十匹だけを討伐するなんて不可能だ。見ただけでも二百匹近くはいるだろうことが分かった。一匹に攻撃したら連鎖的に他のコウモリたちが気がついて襲い掛かって来てしまう。

 

「どうしましょう……」


 不安で声を震わせるノエさん。ノアさんの弓矢で攻撃しても気がつかれてしまうし、ノエさんの魔法でサポートしても結果は変わらない。

 何か方法はないかと考えていた時、音響閃光弾を持っていることを思い出した。これはレアアイテムで、魔王城で暮らしている時にモンスター討伐をしてドロップしたのだ。

 一つしかないけれど、これを使えばいいのではないか。

 音響閃光弾は殺傷能力はないけれど、爆音と閃光でコウモリの動きを封じることくらいはできるはずだ。人にも効果はあるけれど。

 それに、耳のいいレッドコウモリは爆音で気絶するだろう。

 このまま何も出来ず考え続けるよりはいいだろう。考え続けるリカルドたちの前で、【無限収納インベントリ】から音響閃光弾を取り出した。


「これが一つだけあるけれど、どうする?」

「音響閃光弾!? どうして……いや、今はこれがあることに感謝しよう」

「でも、私たちはどうするの!?」

「私たちを防御壁で守ることはできます。けれど、完全には無理だと思います」

「最悪、目を守れればいい。音で少し耳が聞こえなくなったとしても、気絶して落ちてきたレッドコウモリを倒すことを優先しよう」


 その言葉に全員が頷いた。

 静かにそこから移動して、先ほどの広い空間の前まで来た。レッドコウモリたちはまだ天井に張り付いている。

 何も言わずにノエさんを見ると、ノエさんは魔法で防御壁を作った。そして私以外は耳を塞いで来た道に体を向けて目を閉じた。広い空間に体を向けているよりも、目を守ることができる。

 私は音響閃光弾のピンを抜いて、できるだけ中心に向けて投げてから、耳を塞いで三人と同じ方向を見て目を閉じた。音響閃光弾が地面に落ちた音が響き、すぐに爆音と閃光が走った。

 耳を塞いでも聞こえる爆音と、閉じていても感じる眩しさ。防御壁がなければ、それらはもっと酷かっただろう。

 音が聞こえなくなり、閃光を感じられなくなってから手を離して目を開いた。目がちかちかする。そして振り返ると、多くのレッドコウモリが落ちていた。気絶しているだけなので、急いでこれだけの数を討伐しなくてはいけない。


「ここは、私に任せてください」


 そう言ってレッドコウモリに近づいたノエさんは詠唱をはじめた。すると、レッドコウモリたちの下に魔法陣が現れた。


「【ライトニング】!」


 レッドコウモリに向かって雷が落ちる。それも一つではなく、数えきれないほど多い。

 私も【ライトニング】は使えるけれど、こんなに範囲は広くないし、落ちる雷の数も多くはない。

 詠唱や込める魔力の量で雷の数が変わることは知っていたけれど、こんなに落ちるとは思ってもいなかった。これだけ雷を落とすには魔力の消費も激しいだろうと思ったけれど、ノエさんに疲れた様子はなかった。


「どう? ノエはすごいでしょう!?」

「すごいです」


 すごいと思ったから言ったのに、ノアさんは驚いている。どうやら予想していた言葉とは違ったようだ。

 私のことをどう思っているのだろうか。


「終わりました」

「お疲れ。数は多いけれど、レッドコウモリの翼を切り取ろう。これだけ提出すれば、報酬も多く払ってくれると思うよ」


 リカルドの言葉に作業を始める。数が多いので素早く作業しなければ、日が暮れてしまうかもしれない。

 羽を切り離したレッドコウモリは、額にある魔石と呼ばれる宝石のような石を砕いてしまえば、時間が経てば体と一緒に消える。羽を切り離さないまま砕けば、羽も消えてしまうので気をつけなくてはいけない。

 モンスターには魔石と呼ばれるものがあり、倒したとしても魔石を砕かなければ再生してしまうのだ。廃坑のランプに入っている澄んだ色をした魔石とは違い、モンスターの魔石はくすんだ色をしている。

 ブルーウルフの魔石は体内にあるので、解体の際にトムさんが砕いてくれたのだろう。ケルピーの魔石は首にあり、ブルーウルフに砕かれた後だった。

 モンスターの魔石を欲しがる人もいるけれど、この世界では売買することは違法になっているので、討伐した時は忘れずに砕かなくてはいけない。

 そのため、お店で売っている魔石は全て炭鉱などで採掘されたものだけ。

 黙々と作業をしていると、頭上から小さな石が落ちてきて廃坑内に音が響いた。

 全員が作業を止めて天井を見上げた。


「なに、あれ……」


 ノエさんが恐怖で体を震わせながら言った。

 見た目はレッドコウモリだけれど、三倍くらいの大きさがある。見たことも聞いたこともない大きさに驚いていると、レッドコウモリは声を上げた。


「キシャァァァァッ」

「これだ、廃坑の外で聞いた音!」


 音の正体は三倍も大きいレッドコウモリの声だったようだ。私は初めて聞いたけれど、耳を塞いでも痛いくらい声が聞こえる。

 レッドコウモリ同士には平気な声なのだろうけれど、私たちには怯んでしまうほどの声だった。


「待って!」


 羽ばたくと、天井から離れてレッドコウモリは真っ直ぐ通路へと向かって行く。そこは外にしか繋がっていない。

 走って追いかけても飛ぶのが早いため追いつけないことは分かっている。それでも諦めるわけにはいかなかった。

 あのレッドコウモリは、討伐してギルドに持って行かないと。

 ブルーウルフに、大きいレッドコウモリ。いったい何が起こっているの?

 十分かけて歩いた道を走り抜ける。外の光が見えてきたけれど、レッドコウモリの姿は見えない。もう外に出て、どこかへ行ってしまったのかもしれない。たとえそうだとしても見つけないと、誰かが被害に遭うかもしれない。

 そう思った時、廃坑の出入り口の前に何かが降り立ったのが見えた。

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