第3話

「私には何のことをおっしゃっているのか、さっぱり分かりません」


本当に言いたいことは、他にももっと、たくさん山ほどある。


「ですが……」


「……。ですが?」


「……ですが……。もういいです……」


着物の袖口をぎゅっと握りしめる。


私はうつむいたまま、顔を上げることが出来ない。


晋太郎さんの口調は、とたんに静かになった。


「あなたの、心細いのは分かります。初めてのことだらけで、不安なのでしょう。それは理解しているつもりです」


そう言うと、晋太郎さんは体を横に向けた。


「嫁に来た以上、遠慮は無用と申しました。私も遠慮はいたしません」


積んであった本の一冊を広げる。


「あなたの気が楽になる方法を、考えておきましょう」


どうやらそれで、本当に話は終わったようだ。


立ち去る機会を逃した私は、そのまま本を読む晋太郎さんを眺めていたけど、どうしようもなくなって立ち上がる。


「今夜はまた、お話ししてもいいですか?」


「えぇ、もちろんです」


一礼をしてから、部屋を後にした。


とぼとぼと廊下を歩く。


お義母さまの部屋から伸びた手が、私を「おいで」と呼んでいた。


「あの子、ちゃんとあなたに謝った?」


あぁ、やっぱり。


お義母さまに言われたから、突然私にあんなことを言ったんだ。


「はい。それは大丈夫です」


晋太郎さんの意思で、そうしてほしかったな……。


私はその場に座り込んだまま、じっとしている。


「またあの子に何か言われたの?」


そうやって聞かれても、なんと答えていいのかが分からない。


「いえ、特には何も……」


「言いたいことがあるのなら、ガツンと言っておやりなさい。それくらいしないと、分からない子よ。あの子は」


「はい……」


まぁ……、なんとなく分かってはいたけど、やっぱり聞いてるよね、話は全部……。


「頑張るのよ!」


「はい!」


お義母さまとお祖母さまは、私の味方だ。


嫁に来たんだもの、新しい家族とは仲良くしたい。


気を楽にする方法を考えておくと言っていたから、晋太郎さんの方からなにかあるかと、そわそわしながら過ごしていた。


だけどいつまで経っても、あの人の方から話しかけてくることはなく、奥の部屋に籠もったまま、やっぱり姿すら見せない。


「そりゃ、すぐには無理か……」


自分の方から奥に会いに行くのも、なんだか違うような気がして、一人部屋で悶々と過ごす。


夕餉の時も、何の会話もないまま静かに終わり、自分の部屋へ戻った。


夜になって、晋太郎さんがやって来るまで、起きていようと思った。


だから枕元ではなく足元の方に、じっと正座して待っている。


今夜は話しをしてくれると言っていたのだから、きっといつもより長く話してくれるに違いない。

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