ワードパレットの短編集

しあ

昼下がりのぬくもり

 視界の端で何かが揺れた気がして、手元の本から視線を上げる。テーブル越しの向かい側では、彼女が突っ伏してすやすやと眠っていた。もうすぐ夏になるといえども、扇風機と外からの風があたるこの場所では身体を冷やすだろう。


「そんなところで寝ると風邪ひくぞ。」


 声をかけてみたものの、起きる気配は全くない。最近仕事が立て込んでいて残業続きだと言っていたから、だいぶ疲れているのかもしれない。

 読みかけのページに栞を挟んで、テーブルに置いて静かに席を立つ。彼女の仕事部屋にあるひざ掛けをとってきて、彼女の肩にそっとそれをかけた。自分も彼女の隣に静かに腰掛ける。

 扇風機の風で、ふわっと彼女の長い髪が靡いた。先程目に入ったのはこれか。

 好奇心がうずうずと沸き起こる。彼女の隣に座って、起こさない程度にそっと髪の毛を手に取った。艶のある、黒髪。俺にはよく分からないトリートメントやオイルで、毎日ケアしているのを見ているからこそ、宝石みたいに見えてくる。指でつーっとすいてみれば、絡まることなく重力に従って落ちていった。普段、こんな風にまじまじと見つめることも触ることもないが、これは癖になるかもしれない。

 扇風機の風に煽られて、彼女の顔に髪がかかる。起こさないようにそれを払えば、穏やかな寝顔が見えた。なんなら少し笑っている。どんな夢を見てるんだろうか。きっと変な夢に違いない。彼女はそういう人なのだ。焼きたての大きなパンに飛び込んでたとか、空から大量のキャンディが落ちてきたとか、そんなくすっと笑ってしまうような夢ばかり見ている。そんな夢を見てみたいと思うが、どうやら俺には夢を見る才能が皆無らしい。眠るとぐっすり朝まで熟睡してしまうから夢なんて覚えてないし、見ているのかすらも怪しい。彼女の隣で寝ればあるいは、と思ったこともあるが全く関係がなかった。最初から分かってたことだけど。

 ほんわかとしていて、一緒にいると自然とこちらまで肩の力が抜けてしまうような、そんな彼女。一人でどうやって生活していたか、もう忘れてしまった。彼女と出会って、付き合うようになって、ともに暮らすようになってから、俺の生活は大きく変わったと思う。笑顔が増えた。穏やかに過ごせるようになった。全部、彼女のおかげだ。


「ん……。」


 小さな声とともに、うっすらと瞳が見えるようになった。どうやら眠り姫のお目覚めらしい。


「おはよう。」


 目をこすっている手をそっと掴んで、開かせる。彼女の小さな手のひらは、俺の手にすぐ包まれてしまう。


 できれば、今後もずっとこの挨拶を出来るのは俺でありますように。

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