第1-4話 摩耶山上高校飛脚部(後編)

「……という事で、今から15年前……突如石油から燃焼成分が消失し、内燃機関が使えなくなるという大事件が世界を襲ったわけだ」

「今でこそお前たちは不自由のない生活を送れているかもしれないが、俺が学生の頃は大変だったんだぞ? なにしろ……」


 第六限の授業は世界史……ホワイトボードにマジックで板書を纏めている坂下先生がいつもの雑談に突入する。


 こうなると長いので、あたしは教室の窓から外を眺める。

 風に揺れる摩耶山の新緑と、瀬戸内海のコントラストがとても美しい。


 少し茶色がかった自分の前髪が、さらりと視界を遮り、あたしは右手でそれをかき上げる。


 そう、坂下先生が説明したように、ほんの15年ほど前、あたしたちの世界を災厄が襲った。

 ある日突然、地球上にあった石油が分解され……それどころか、全ての油・ガス類が燃えなくなったのだ。


 偉い学者さんが言うには、未知のバクテリアや、地磁気、宇宙から降り注ぐガンマ線の影響らしいけど、難しいことはあたしも知らない。

 当然のごとく、世界中が大混乱に陥ったんだけど……唯一残されたエネルギーである電気を使い、潮汐発電などの自然エネルギーを駆使してなんとか人類は文明を繋いでいった。


 それから15年、それなりに平穏な生活が出来ているのは、日本は水が豊富で周囲を海に囲まれているからだ。

 片っ端から水力発電所、潮汐発電所を設置しまくった結果、なんとか15年前の半分くらいの発電量はあるらしい。


 母さんの話では、昔はビル全体にガンガンにエアコンをかけ、神戸の私鉄は5分に1本の頻度で走っていたらしいけど……とても信じられない。


 現在では旅客用の電車は大幅に削減され、線路を走るのは物流を担う貨物列車が多い。

 ただ、ほとんどの自動車が走れなくなってしまったので、貨物駅から拠点までの物流はどうしているのか?


 そう! ここであたしたちメッセンジャーの出番である!


 ……身内自慢になってしまうけど、あたしの両親は有名な研究者で、大地に巡る地脈?の力を引き出す事が出来るすっごい素子を発明した。

 その”素子”を靴に差し込むことで、あたしたちは時速100㎞で走れたり、重い荷車を曳くことができるのだ。


 母さんは東京で研究に没頭してるだろうけど……父さんは


 思わず遠い目をしたあたし……先生のうんちくを聞く気が無くなり、視線を下に移す。

 摩耶山上高校名物、直線グラウンドでは、長さ10メートルくらいの荷台を持つ荷車に砂を載せ、けん引トレーニングを行う男子たちの姿が見える。


 そのなかに、幼馴染の男の子を見つけたあたしは、何とはなしに手を振る。

 彼もあたしに気づいたのか、ぐっと親指を立てて答えてくれる。


 そうなのだ、”地脈”にもいろいろな種類があり、女子にはスピードの”因子”が現れやすく、そのスピードを生かして小口荷物や速達性が求められる荷物の配送を担当することが多い。

 逆に男子にはパワーの因子が現れやすく、大量の荷物を運搬するのに向いている。


 前者は現代の飛脚、メッセンジャー……後者は現代の荷役、トランスポーターと呼ばれ、15年前までは自動車が担っていた物流の一端を、現在では人間が担っているのだ。


「……という所で今日はここまで」


「起立……礼!」


 こみあげてくるあくびをかみ殺したところで予鈴が鳴り、日直の挨拶で授業が終了する。

 よしっ、今日の授業はこれで終わり……あとは楽しい部活タイムである!


「めぐみんっ! 早く部活いこっ!」


 あたしはスクールバッグを引っ掴むと、一番前の列に机を置いている恵の所へダッシュする。


「全くハルカは脚フェチ変態部活大好き女ですよね……あ、そうだ、今日は私が開発した新しいソールを試してほしいのですけれど、大丈夫ですか?」


「うっ……今度は爆発したりしないよね?」


「……失敬な」


 あたしと恵はじゃれ合いながら、1階にある部室へと向かった。


 ***  ***


「それにしても麗奈さんは反則だよ……時速150㎞ってなに?」

「あ~、今日麗奈さんが走ってなかったら、4月の”ブルーリボン・京阪神”が取れたかもしれないのにぃ!」

「そ~すれば一気にうちも……」


 先ほど4月の最終ランキングが発表され……結局あたしのランキングは7位だった。

 タイムでは3位以下と僅差であたしが2位だったのだが、出走回数と運んだ荷物の量で白猫学園のセンパイたちにかわされてしまったのだ。


「神戸白猫学園は全国でも5本の指に入る強豪で部員も多いですし……高校デビューしたばかりで、ケツに卵の殻を付けているド新人にしては上出来では?」

「そもそもウチはG3ランクにも上がれてませんからね……美味しい依頼が来ないのも当然かと」


「はうぅ~、確かにそうだけどぉ!」


 相変わらず強烈な恵の表現に肩を落とすあたし。


 余談になるが、ただ荷物を運ぶだけではツマラナイと考えた昔の人が、運んだ荷物の量と距離、タイムを総合的に評価しランキング化する事を思いついた。


 大西洋を疾走した客船たちの速度競争にちなみ、”ブルーリボン賞”と名付けられたそれは、京阪神や名神、山陽など……全国のルートをエリアで区切り、毎月発表される。

 その中でも東京を大阪を結ぶラインは”ブルーリボン・JAPAN”と呼ばれ、そいつを獲得することはメッセンジャーとして最高の名誉……もちろんあたしの夢でもある。


 ……ただ、速く走るだけではなかなか最上位には行けない。

 運んだ荷物の量や価値も重要な評価ポイントで……荷物の依頼主はメッセンジャーたちが所属する団体の評価を参考に発注する。


 各団体は大まかにG1~G3の3段階でグレード分けされ……我が摩耶山上高校飛脚部はというと……。


 考えているうちに部室に着いた。


「…………」

「…………」


 何度見ても圧倒されてしまう。

 1階の空き教室をパーティションで3つに区切っている……「占い部」「セパタクロー研究会」


 明らかに人気が無さそうで、実際部員も少ない部と同居させられている我が部は、G3すらおこがましいと言える弱小部なのだった。


「ま、まあ、気を取り直してトレーニングしよう!」


「……そうですね、私は頑丈なモルモットがいれば何でもいいので」


「あたしついに豚からモルモットに格下げ!?」

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