転生少女はまず一歩からはじめたい/カヤ

         【コカトリスも秋には風邪をひく】



 魔の山にも秋が来ている。昼はまだ暖かくても、朝晩はだいぶ冷えるようになってきた。

 今日もまたネリーと泊まりの狩りに出ているサラは、野営の支度を始めていた。

「秋になってきたから野宿すると寒いよね」

「そうだな。ことわざにも、『コカトリスも秋には風邪をひく』というしな」

「なにそれ?」

「ん? どんな丈夫な人でも、季節の変わり目には注意しようという意味だな。逆にとても丈夫な人を『あいつコカトリスかよ』みたいに言ったりもする。ププッ」

 サラにはそれのどこがおかしいのかさっぱりわからなかったが、この世界では一般的なジョークらしい。言葉は自然に通じても、細かい理解はまだ難しいと思うと同時に、ネリーがジョークを言うことにも衝撃を受けたサラである。

 気を取り直してそれでは夕食の支度をとポーチからあれこれを取り出そうとしていた時だった。

「サラ!」

「わっ」

 さっきまで笑っていたネリーに急に引き倒された。サラを片手で押さえながら、ネリーが空を見ているのが見える。

「ブブブブブ」

 右手のほうから何かが飛んできて、左手のほうに遠ざかっていく。どうやら蜂のように見えたが、それにしては大きい。

「よし! 行くぞ!」

「ええ? ど、どこに」

 尋ねる間もなくネリーは飛び起きて走っていく。サラも戸惑いながらもネリーに付いていった。少しの間ならネリーの全力走について行くだけの体力はサラにもついている。

「ここだ」

 木の陰から向こうの岩陰をうかがっているネリーの横で息を整えていると、

「ブブブブブ」

「ブブブブブ」

 とあちこちから岩に向かって何かが飛んできていた。

「やっぱり蜂?」

「ああ。キラービーという。強い毒を持ち、巣を襲うやつには容赦がないが、基本おとなしい魔物だ」

 おとなしい魔物ならわざわざ追いかけてまで狩りに行く必要はないはずだが、どういうことだろうか。ネリーの目はキラキラ、いやギラギラしていた。

「いいか、サラ。キラービーの巣にはな、ハチミツがある」

「ハチミツ」

 サラの目もきらめいた。

「でも待って。巣を襲うやつには容赦がないって今言ったよね」

「ああ。だが夜は活動しないし、私の身体強化があれば」

 ネリーはむんと力こぶを作った。

「いやいやいや、危ないでしょ」

 しかしネリーは引かなかった。

「だが、キラービーのハチミツは絶品だぞ。サラの作るコカトリスの卵のパンケーキにとろりとかけたら……」

 サラは思わずよだれが出そうになる。

「やろうか」

「やろう」

 そういうことになった。一度野営の場所に戻って暗くなるまで待つ。

 しかし、実際に行ってみると、キラービーの巣は岩山の中にあるという。

「え、この真っ暗な洞窟に入っていくの? 本気で?」

「本気だ。このにおいをたどればいい」

 あたりには確かにハチミツの甘い匂いが漂っている。こうなったら行くしかない。サラは自分とネリーを覆うように小さいバリアを張った。

 一抱えもある大きな蜂がびっしりいる中を平然と歩くネリーに付いていくと、ついに目的の場所にたどり着いた。大きな六角形がたくさんつながっている巣には、びっしりとハチミツが詰まっているようだ。ネリーは小さめの桶を出すと、それを構えた。

「この表面のろうをこう切り取ると、ほら」

 小さな声で解説をしてくれると、かなり厚い蝋にさくっと切れ目を入れた。そこから黄金色のハチミツがたらたらと流れ桶にたまっていく。

 半分ほど貯まったところでネリーは、ナイフと魔法を使って上手に穴を塞いだ。夜は本当に活動しないのか、この間、蜂たちはいっさいサラたちを気にすることはなかった。

 無事に戻って一息ついたネリーにサラは聞いてみた。

「ほんの少ししか採らなかったけど、それでいいの?」

「いいんだ。売ればかなり利益になるが、そもそもそんなに稼ぐ必要はないし、ちょっとだけ分けてもらえればそれでいい」

 ハチミツを食べたくていつもより早めに撤収したサラたちは、さっそくパンケーキを焼いてハチミツをたっぷりかけてみた。

「ん、おいしーい」

「この香りがたまらない」

 ハチミツはとてもおいしかったが、サラだけならあんな怖いところには二度と行かないだろうと思う。

「そういえば、元の世界ではね、蜂は蜜の場所を教えるのに八の文字を描くんだよ」

「へえ、そうなのか」

「だからね、蜂が八で、おもしろいねって」

 ネリーのいぶかしげな顔を見てサラははっと気がついた。日本語じゃないから、そういうダジャレが通じていないのではないか。

「じゃ、じゃあネリー。『布団が吹っ飛んだ』」

「寝相が悪いのか?」

「そうなるよね」

 なんとなく悔しくて、いつかはこの世界のジョークでネリーを笑わせてみたいと思ったサラであった。

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