第10話 うわばみとサザエ養殖

 立ち止まったララがソフィアに話しかける。


「心配ない。長門には姉さまが乗っている」

「ミサキ様は酔っていらっしゃるのでは?」

「アレで欺瞞のつもりなのだ。長門に乗り込んでいる女の中に、工作員が紛れ込んでいる可能性を考慮しているんだ。まあ、ミサキ姉さまは帝国のランキングではナンバーツーだ。ワイン程度で酔っぱらうとは思えん」

「そうだったのですね。では、帝国ランキングのナンバーワンとは誰でしょうか?」

「次期皇帝のネーゼ姉さまだ。あの人は本当に底が無い。ネーゼ姉さまに付き合って飲まされて、轟沈した剛の者が何人いると思っている?」

「2~30人くらいでしょうか?」

「その10倍以上だ。昔は姉さまを酔わせて♡♡♡な事をしてやろうという不届き者がいたようだが、その全てが泥酔して憲兵に引っ張られた。今は次期皇帝としての身分が確定したから、殆どの者が断れん。ある意味、非常に気の毒だ」

「ネーゼ様はそのような……強者であった訳ですね」

「そうだな。私は将来、皇室が酒代を払えずに潰えてしまう可能性がある事が恐ろしい」

「確かに、それは恐ろしい事です。そんなこんなで長門の方は心配無用であると」

「そうだ。敵が引っ掛かって長門を襲ってくれたほうが手間が省けて助かる」

「つまり、出てこなければ、そのまま飲んだくれていればいいと?」

「そう。要するに、わざと戦力を分散させて相手の出方をうかがっているんだ」

「了解しました」


 返事をしたソフィアがララを制し、先に黒い渦の中へと飛び込んでいった。ララもソフィアに続いていく。


 黒い渦はやはり異次元へと続くゲートであり、ララたちが行きついた場所は、何かの施設内であった。そこには広大なプールがあり、その中では例のオバケサザエがうようよと這いまわっていた。


「そっちだ。そっちへ追い込め」

「いいぞ、そのままゲートへ向かわせろ」

「うぎゃ。痺れた」

「馬鹿。油断するなって」

「こいつら唐突に電撃出すから。てえてえ!」

「これ案外、美味いんだよな。俺は大好き」

「刺身がいいよな。こりこりした歯ごたえが最高」

「俺は焼いた方が好きだな。柔らかくなって味に深みが増す」

「しかし、何でいきなり外に追い出すんだ? 提督は何考えてんだろ?」

「そうそう。半年分のおかずだぜ」

「このプールのサザエだけじゃなくて、他所のプールのアワビも大ダコも放出したらしいぜ」

「あのアワビもタコも美味いんだよな」

「そうだぜ。貴重な食糧なのにな」

「……」

「……」

「……」


 オバケサザエをゲートに追い込む作業をしていたのは三名だった。一応、人間の男であるが、彼らはララたちの侵入に気づいていなかった。ララに光剣を突き付けられ、固まってしまっていた。


「動くなよ。下手な事をすれば、貴様の胴と首は離れてしまうぞ」


 男は震えながら頷く。ソフィアが手早く、ロープを使って三人の男を拘束した。三人ともグレーの作業着姿だったが、サザエの飼育を担当していたのか、周囲に生臭い匂いを漂わせていた。ララが尋問を続ける。


「あのサザエは美味いのか?」

「は……はい。大変美味にございます」

「ごちそうなんだな」

「はい、そうです」

「では何故、そのごちそうを外に出したんだ? 出荷したわけではあるまい」

「もちろんです。無償で放出したので、対価は得ていません」

「誰の命令だ?」

「提督の……」


 そこで男が固まる。情報を漏らすと不味いらしい。他の二人も目をそらしてしきりに首を振っていた。


「その提督とは? オートロックの事か?」


 それは言えない。答えられない。

 そんな必死な想いを込めて、男は首を振る。


「ララ様。光剣を仕舞ってください。拷問は私が受け持ちます」


 両眼を点滅させながら話すソフィアにララが同意した。ララは光剣を仕舞い、一歩下がる。そしてソフィアは、尋問中の男の顎を軽くつかむ。


「洗いざらい喋った方がいいぞ」


 そう言ってソフィアは人差し指を男の鼻の穴へと突っ込んだ。

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