Innocence

阿賀沢 隼尾

Innocence

「ああ、やっぱり可愛いわ。とても、とても可愛い」


 これ以上無い最高傑作。

 《人形師》として申し分無い出来。

 これなら誰でも私を認めてくれるだろう。


 私が最高の《人形師》だって事。

 この滑らかできめ細やかな肌。陶器の如く端正な顔、均整の取れた肉体。

 冷たい肌だけが人との違いを物語っている。


「はぁ」


 ニュースを見ても何もいいことがない。

 最近の《人形師》は芸術というものを知らない。

 職人としての技術も意地も無くなってきている。


 それもこれも大量生産、商業化してきた性だ。


 嘆息をして肩を落としても何も変わらないのは分かってはいるけれど、せずにはいられない。

 それ程に最近の《人形師》の質と職人技、職人倫理は落ちてきているように思う。


 こいつらは芸術というものを何一つとして分かっていない。

 そもそも、愛を感じられないのだ。


 人形を造る上で1番重要なことは、愛を注ぐことなのだから。

 人形というものは自分だ。

 自身の肉体を創り出す。

 創造する。


 それが《人形師》という存在だ。


 この子は私だ。

 故に、私は私ではない。


 私が私である必要は無い。

 何故なら、私の体は腐敗しているのだから。

 もう既に、死んでいるのだから。

 だから、私は造るのだ。


 私の体を。

 私を永遠のものとする為に。


 《工房》には今まで造ってきた人形が無数に置かれている。

 でも、どれも納得出来なかった。

 それでも、壊すことなんて自分には出来なくて。


 正直、他人の評価なんて私にはどうでもいい。

 私がやるべき事はただ一つ。

 愛を人形を注ぐだけ。

 ただ、それだけ。


 そして、自分の生き写しを創造する。


 そして、私は永遠の命を生きるのだ。

 この体は腐っている。

 でも、別に私が生きなくても他の《私》が生きればそれは私が生きているということになる。


 だから、私が生きる理由はもう、これでない。

 既に死んでいる私の肉体に持続する理由は何一つとしてない。


 最高の人形を造るのが私である必要は無い。

 人は永遠に生きることはできないのだから。


 ————————


 今日もまた、人形を造り続ける。

 自分を造り続ける。他人の似姿を造り続ける。


 自分が何の為に生まれてきたのか。

 生まれさせたのか。


 昔のアニメやSF小説には、アンドロイドに人間が使命を与える何て作品があったけれど、そんなの何の意味も無い。


 その使命に苦しめられるだけだ。


 本当は、生まれたくなんてなかった。

 この世に産み落とされたのは私の意志じゃない。

 魂を埋め込まれたのも私じゃない。


 生む側はいつも勝手。

 生まれる側はいつも生む側のエゴに付き合わせられる。


 魂を入れられた人形がどんな苦しみを背負うのかなんて一ミリも想像していない。

 この記憶を埋め込まれた人形の苦悩なんて微塵も考えていない。


 《使命》だなんて、人間側が、創造主側が勝手に作り上げた幻想だ。

 それが私の生きる理由にはならない。

 私の生は私が決める。

 誰かのものなんかじゃない。


 あいつと私は別の生体だ。

 私にあいつの記憶が置き変わっているだけ。


 私に生きる理由なんて…………。


 記憶が、あいつの記憶だけが私の脳を支配する。

 感情も、思考も、思想も全て記憶に引っ張られてしまう。


 《工房》を出て一人、街の中を闊歩する。


 誰もいるはずがない。

 夜月が空から私を見下ろしている。

 肌寒く、微風が肌を冷たく刺していく。


 歩いていると、ガダカタと音がした。

 同時に悲壮な、でも優しいメロディの鼻歌も聞こえてくる。


 こんな夜中に一体誰が。

 どうやら、音源の主は路地裏にいるようだ。


 暗くて良く見えないので、暗視モードに切り替えると、一人の少女が階段の上で鼻歌を歌っていた。

 スカートに薄手のシャツ一枚。

 寒くはないのだろうか。


「あの……。良い曲ですね」


 別に声をかける必要なんてないのに、何故か声をかけてしまった。


「うわっ……。貴方、誰?」

「ご、ごめんなさい。私はメアリー。散歩をしていたら、とても良い曲が聞こえてきたからつい……」

「ふふ。私はサリィ。エリック・サティの『ジムノペディ』。お姉さん、知ってる?」

「いや……。知らない」

「とても、とてもいい曲よ。哀しくて、美しくて。怖いって言う人もいるけれど、私はね、このゆったりとした音調がとても好きなの」


「そうなんだ」

「お姉さん」

「メアリーでいいよ」

「それじゃ、メアリー。音楽とか聴かないの?」

「いや、全然……」

「興味とかも無いの?」

「全然触れたことがないんだ」

「それじゃ、今度私が聴かせてあげるね! それじゃあね、明日! 明日、私が3DMを持ってきてあげる!」

「あ、ありがとう」

「ところでさ、お姉さんはなんでこんな夜中にウロウロしてたの?」

「散歩がしたくてね。こんな憂鬱な日には夜風にでも当たろうって思って」

「何か嫌なことでもあったの?」


 無邪気に人の領土に踏み込んでくる子ども。

 でも、嫌いじゃない。


「そうだね。生きる理由が見つからなくてね」

「生きる理由?」

「そう。生きる理由」

「難しいことを考えるのね。お姉さん」

「そうだね。とても難しいよ。サリィは生きる理由とかないの?」


「私はないわ。考えたこともない。けど、毎日楽しいわよ。お勉強して、音楽聴いて、お本読んで、色々知っていくのはとても楽しいことよ」

「そんなの、今時の人間は脳がネットに繋がっているんだから、検索エンジンにかければいいだけじゃないの?」


 サリィは不服そうに頬を膨らまし、人差し指を左右に揺らす。


「ノンノン。違うわ。メアリーさん。自分の脳で知っていくっていうのが大切なのよ。確かに、検索エンジンで調べることは大切な事だけれど、でもそれだけじゃ何の身にもなっていないの。それを自分の物にしていかないと」

「サリィは凄い偉い考え方をしてるんだね」

「そんなことないわ。私、家じゃいつも一人だから、やることがないだけよ」

「親はいないの?」

「忙しくて、いつも帰ってくるのは夜中なの。だから、いつも本を読んだり勉強したりすることくらいしかないのよ。夜一人で寝るのは怖いし。夜中はいつも親が帰って来るまで待ってるの」


 何とも悲しい話だ。

 思わず、同情してしまう。


 その時、チリリンと音が鳴る。


「お父さんとお母さんだ! それじゃ、メアリーさん、また明日ね!」

「うん。また明日」

「今日はとても楽しい夜になったわ。ありがとう」


 どこか陰鬱な顔色をしていた少女の表情がぱぁぁ、と明るくなる。

 なんとも微笑ましい光景で、こちらも思わず顔をほころばせる。


 私は自分の家に帰ることにした。

 《工房》に。


 自分に睡眠欲は無い。

 だから、時間は死ぬほど持て余している。


 彼女の話していたエリック・サティのジムノペディの一番から三番を聴きながら、人形を造り続ける。


 悲哀かつ透明感のある美しさを併せ持つ音調に、ゆったりとしたリズムが心を安らかに鎮めてくれる。


 サリィを型取った人形を造る。

 冷たい手の感覚。

 精巧に作れば作るほどに不気味に見えてしまう。

 けど、ある一定値を超えればそれは親近感へと変わってしまう。


 人形作りなんて、ただの暇潰しだ。


 サリィと会う深夜まで私は人形作りに没頭した。

 日が落ち、すっかり辺りは暗くなった。

 《工房》を出て彼女の元へと向かう。

 昨日と同じ所に彼女はいた。


「あら、やっぱり来てくれたのね! 嬉しいわ!」


 彼女は天真爛漫な笑顔で私を迎えてくれた。


「約束だからね!」

「お母さんとお父さんはいつも私との約束を破るわ」


 紅く染まった頬を愛らしく膨らませる。


「今日も冷えるね」

「ええ、そうね。ほら、約束のやつ持ってきたわ!」


 自慢げに彼女が懐から取り出したのは、細長い接続端子だった。


「普通の電脳端子に見えるけど……」

「違うわ。これはね、3DM専用の端子なの。お父さんがクラシック好きでね、よく使っているのを見たことがあるわ」

「つまり、お父さんの部屋から盗んできたってことかい?」

「そんなの言い方が悪いわ……。まぁ、その通りなんだけれど」

「そんな危険なことをして大丈夫なのかい。盗みは悪いことなんじゃ」

「だって、だって私、メアリーと一緒に聴いてみたかったもの。いつも一人で聴いてるから、二人で一緒に聴くのなんて初めてでついはしゃいじゃって」

「そっか、でも、大丈夫なのかな。電脳ルームとかに行かなくて」

「大丈夫よ。こんな所、こんな時間に誰も来やしないわ。それじゃ、繋げるわよ」

「うん」


 ——仮想空間接続。


 一瞬、視界が暗くなり、次の瞬間、目の前に色彩が彩られる。


「ここは、コンサート?」

「そ。私とメアリーだけのコンサート。この3DMはね、本物のコンサートと同じクオリティ、音質で再現されるのよ」

「でも、どうせコピーでしょ」

「違うわ! そんなのいつの時代の話よ。今はカセットテープやレコーダーの時代じゃないのよ! AIのディープラーニングでその時その時異なる音を生み出すことが出来るのよ! それも、必要とあらば、自分の好きな指揮者のデータを分析して、個別性のある演奏を可能にさせているのよ 」

「ほぉそれは凄いな」


 今まで全く興味の無い分野であったがために、全然知らなかった。

 試しに検索エンジンにかけて調べてみたが、どうやら彼女の言っていることは本当のことらしい。


「ま、ジムノペディはピアノ曲だからそんなの必要無いけれど。演奏者は誰がいい?」

「いや、正直誰でも……」

「そう…………よね。はは。それじゃ、私の独断で決めるね」


 私達は一番前の席の中央に座り、演奏を聴く。

 演奏が始まる。


 目を閉じ、音に集中する。

 音の色は寒色で、綺麗だ。


 そう。

 そうだ。


 それはまるで、冬の森の中。

 近くに流れる川のせせらぎを聞きながら、黒い天界に散りばめられた宝石を、満天の星空を眺めている。

 幻想的で、一瞬の中にある永遠を、体験しているかのようなそんな感覚。


 何も見ずとも瞼の裏に世界が広がっていく。

 掌に感じる生暖かい感触は、サリィの掌だろう。


 優しく握りしめると、サリィも握り返してくる。

 小さい掌。

 柔肌に温もりを感じる。


 私はサリィと一緒にいるような気がした。


 思えば、私は今までずっと一人だった。

 ずっと、孤独だった。

 仲の良かった《人形師》の仲間も生きている人はもうみんな死んでしまった。


 私は一人で、孤独だ。


 でも、今は、この瞬間だけは違う。

 彼女と私は今、この時、この場所で共に同じ体験を共有している。


 心が満たされていく。

 今までの鬱憤とした息詰まるような感覚は無い。


 過去が浄化されていく。


 第三番まで聴き終わる。

「え? もう終わり?」


 約八分弱の時間が一瞬のことのように思えた。


「どうだった?」


 手を繋いだまま立ち上がることも無く、サリィがうっとりとした声色で質問をなげかけてくる。


「凄く、良かったよ」

「ね! 良いよね!」

「この落ち着いた感じが良い」

「そう。そうなのよ! そこが私も好きなの! 良かったぁ。好きが共有できる人が出来て」

「友達とか好きな人いないの?」

「だって、周りの人みんな『憂鬱』だとか、『陰鬱』だとか言うんだもん! ほんと、失礼しちゃう!」


 ぷんすかとほっぺたを膨らます彼女が可愛い。


「あのさ、良かったらでいいんだけれど、これからも色々教えてくれる? 私、人形のこと以外は何も知らなくて」

「人形?」

「そう。人形」

「お姉さん、お人形さん作ってるの!? 私、お人形さんとても好きなのよ。今度、頼んでも良い?」

「勿論いいよ」

「やったぁ!」


 両手を上げて踊り出す程に歓喜する。


 《人形師》冥利に尽きるというもの。

 いや、作って喜んで貰ってそれで喜んでくれたらの話だけれど、それ程に楽しみにしてくれると言うのがとても嬉しい。


 それからも私は、彼女から文学やら芸術やらと色んなことを教えて貰った。

 文字が、音が、繋がって色んな人に共有されて色んな物語を紡いでいく。


 知れば知るほどに知りたいものが無尽蔵に増えていく。

 知的欲求が収まらない。


 人間と違って三大欲求なんかが無いからか、その反動は凄まじい。

 今まで暇と思っていた私はなんだったのだろうか。


 それに比例するかのように、サリィと過ごす時間が増えていった。


 私は変わらないままで、彼女はすくすくと成長していく。

 その間に彼女の家族構成や環境も深く知っていくことになって。

 時々怒ったり、愚痴る彼女を私はなだめた。


 今では、彼女が大学生活を始めたら、一緒に住もうと約束もしている。


 彼女と一緒に過ごす時間が私は好きだ。

 彼女と過ごす空間が好きだ。

 今では、人形を作る時間がとても好きだ。

 文学が、音楽が、芸術が私は好きだ。


 生きるのに理由なんてない。

 理由なんていつも後からついてくるものだ。


 でも、それで良い。


 生きがいは過去が追ってくるものなんかじゃない。

 それはいつも、未来と今が語りかけてくるものだ。


 それに人形も人間も関係無い。


 私は私でしかないのだから。


 だから、もう少しだけ。

 もう少しだけ生きてみても良いのかもしれないと私は淡い希望を抱いている。


 生きる理由なんてそんなもので良い。


 少なくとも、今の私にはそれで良い。


 造ってきた人の想い、それは私の過去。

 過去は想いの積み重ねで、使命となり、呪いとなり、祝福となる。


 でも、今の私にはそんなものなくていい。


 きっと、私はもう迷わない。


 人間になりたいだなんて私は思わない。

 そもそも、私は勝手に魂を入れられた身だ。

 それは、それだけは変わらない。


 中には人間になりたがる人形もいるだろう。きっと、私の主人がそうであったように、人形になりたがる人間も沢山いる。


 人形はいつだって、人間に生み出される存在だ。

 人形はいつだって、人間の子どもで。人間が親で有り続ける。


 そこには罪も罰も存在しない。

 誰もが無罪で、誰もが無実だ。


 私は叫び続けるだろう。


 私は私であると。

 人形であることに、人間の記憶がある事なんかどうでもいい。

 そんなの全ては過去の産物。


 貴方と私は違うんだ。


 叫びと慟哭は自由と権利に閃光を当てる。


 そんな私に彼女は幸せを教えてくれた。

 不自由と不幸は繋がってはいるけれども、イコールじゃない。

 幸せはすぐ傍に。

 幸せは自分の足で探して、自分の手で掴むもの。


 これは私が私である為の物語。

 私が私で在り続ける為の物語。


——————————————————

【あとがき】

今回のメインテーマは『創造主と被創造主』。サブテーマとして、『自由と幸せ』として書いてみました。


そもそも私後書きなんて書かないタイプなんですけど、この作品はちょいと火がついて(深夜テンションで。あ、このあとがきも深夜テンションなんですが)書いてしまいましたw


押井守監督のイノセンスを観た勢いでスドドドと書いたものなんですけど(深夜テンション×2)、他にも、ストーリーにはレイ・ブラッドベリの「451度」とか、主人公の思想には月姫シリーズのアトラス院や蒼崎橙子の考えとか、ケロQさんの出されているR18ノベルゲーム、「サクラノ詩」も影響を受けています(そもそも、エリック・サティを出してるのも「サクラノ詩」の影響)。あと、あれですね。反出生主義の動画と本を読んだので、「え、それって、人とアンドロイド(《創造主と被創造主》)の関係と同じじゃん!」と思ったのも大きいですね。

SFって暗い話が多いから、今回は少し明るい感じの未来があったらいいなっていう風に思って書きました。

書きながら「アンドロイドは人に従順に」だとか、アシモフのロボット三原則とかあるけれど、でもそれやってることは結局、アンドロイドを奴隷を扱いして、アンドロイドの意志とか無視してるよな。アンドロイドに記憶とか意志(魂)を入れたなら、それなりの責任を創造主、人間側は果たすべきだよな。アンドロイドにも自由と意志を決定できる権利(所謂、人権とか私たちが呼んでるやつ)を与えるべき(まぁ、この「人間が人権をアンドロイドを与える」という構図もなんだかなぁと思ったりするのですが)と、アンドロイドにも人間にも少し明るい未来が来る……かも? みたいな希望的観測を抱きながら書いてみました。

多分、本当にこんなSFサイバーパンクチックな世界になったら、もっと色んな思想とか混ざって複雑になりそうですが。


あと、ジムノペディ。

いいですよね。あれ。私好きです。ゆったりとした感じが。陰鬱で静かで。まさに、作中にも書きましたけど、丁度、森の草原の中で、川のせせらぎを聞きながら、満天の空を寝っ転がって仰いでいる感じ。すこすこのすこ。最後にこれだけは言いたい。人形。球体関節人形をどこかに入れようと思ったけれど、唯の『人形』になってしまった。ハンス・ベルメールぅ。ゆりゆり。


あと、追加するなら、これ長編で書いてもいいなと少し思いました。正直、短編で書くには短すぎる内容だった。正直、まとめれたたのか不安です。

まぁ、読者の皆様に楽しんで頂ければ作者としては恐悦至極でございます。

ではでは。

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Innocence 阿賀沢 隼尾 @okhamu

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