少年の願いごと
試作機3号
第1話
「わしは、神じゃ。」
学校の帰り道に、スマホをいじりながら歩いているとしゃがれた声が
しかしはっきりと少年の耳に届いた。
少年はスマホから顔を上げ、声の主の方を見た。
杖をついて、ひげをたくわえた神様のテンプレートのような姿の
老人がそこにいた。
「わしは、神じゃ。」
老人は少年に向かって同じ台詞を繰り返した。
少年はその老人の側を無言で通り過ぎつつ、この様な事を考えていた。
(あの人はボケてしまったんだろうか。きっと家族の人がすぐに来るに違いない。
警察に連れて行ってあげればもしかしたら表彰とかされるかもしれないが
かえって面倒になることもある。
あるいは神様を自称する老人に対して、人はどのような対応をするかという
統計調査とかテレビの企画でもやっているんだろうか。)
そこまで考えて左右をチラッと見たが、カメラを回している様子はなかった。
(まあそんなことであれば、「スマホに夢中で神様をスルーする現代の若者」
なんて見出しになるんだろうな。その時はギャラよこせよ。)
少年はオチが付いたところで考えるのをやめて、再びスマホに目を落とした。
少年は帰るとシャワーを浴び、おやつを食べて自分の部屋に入るころには
帰り道の老人のことはすっかり忘れていた。
そのため部屋に入った時に、部屋に例の老人がいた時にはさすがに声をあげて
しまった。
「おまえ誰だどこから入った!」
「わしは、神じゃ。」
老人は帰り道と同じ台詞を吐き、まるでその台詞しか話せないのか
たまたま少年の問いに答えたら同じ台詞になったのか
ともかくそのおかげで少年は帰り道の「自称」神様を思い出すことが
できたのである。
(ボケた年寄りだろうとテレビ企画だろうと家の中までは入らないだろう。
家族ぐるみでのいたずらとかするような性格じゃないしなあ・・うちの
両親も妹も)
「分かりました。神様なら願いをかなえてください。」
「よかろう。」
「願いは、あなたがここからいなくなること・・・えっ?」
「よかろうと言ったのじゃ。だがそんな願いで良いのかの。
わしは願いをかなえたらすぐにいなくなる。いなくなるものに
いなくなれというのは実に無意味な願いじゃ」
少年はここで言葉に詰まってしまった。
万が一神様だろうが、テレビ企画だろうが、自分の前からいなくなってくれる
クールな回答のつもりで言ってみたのだが、思わぬマジレスを受けてしまった。
(この老人は本物の神なんだろうか。いやしかし・・)
「あなたが神であることをまず証明してください。それから願いごとを言います」
少年は心のどこかでドッキリ企画のリスクを考えていた。
つまり、この自称神様に対して無邪気に、またはエッチなお願いなどを
言ったところを企画者に晒しものにされることを恐れていたのである。
以前、クラスに顔が丸いと悩んでいた女の子がいた。
少年は悪友と一緒になって、「美容体操で小顔効果!」を謳っている週刊誌を
探してきて放課後その女の子の机に置いておいたのだ。
女の子が用事で無人の教室に戻ってきたとき(もちろんこの用事は少年たちが
準備したものであり少年たちは教卓に隠れていた)机の上にある週刊誌に
目が留まった。誰が置いたのかとキョロキョロしていたが、誰もいないと
判断して記事を読みだした。
少年たちは週刊誌を持ち帰ったところで翌日それをからかってやろうと
思っていたのだが、女の子が予想以上の行動に出たのが不運であった。
女の子はさらに週刊誌を机において両手で自分の顔を揉み出して
あまりクラスメイトには見せられないような百面相を始めた。
「うひゃひゃひゃひゃ」
耐えられずに教卓の陰から少年と悪友は転がりだして、
顔を真っ赤にしている女の子を笑い続けた。
かくして女の子はしばらく不登校となり、少年と悪友は担任に叱られ
両親に叱られ、女の子の家には謝りに行ったうえで怒鳴りつけられて
すっかりドッキリがトラウマになってしまったのだ。
加害者でありながらトラウマというのも変な話であるが、実際それからの少年は
自分の身に少しでも特別なことが起きると避けて通るようにしていた。
おいしい話を10回逃したとしても、おいしい話に飛びついた様子を1回でも
晒しものにされる方が怖い。彼の行動原理を要約するとこの様なものである。
「神であることは普遍的ではない。神であると信じる者の前では神であり、
神であると信じない者の前では神ではなくなる。」
「つまり俺が神だと信じれば、あなたは神であるということですか。」
「さよう。」
「では俺が神だと信じれば願いごとが叶えられるという話ですか。」
「さよう。」
(それだとどうしても俺が自分から神様だと信じないといけなくなるじゃないか。
そんな姿を万が一誰かに見られたら・・)
実際のところ、もし「テレビの企画」だった場合には、得体のしれない侵入者を
相手に真面目に議論をしている少年の姿は既に相当おもしろい構図なのであるが、
少年は神様だと信じている姿さえ見せなければセーフと考えていた。
美容体操をしているところを見られたらオシマイなのである。
「分かりました。僕はあなたが神様だと信じます。」
「でも信じた方が得だと判断したから信じているだけですけどね。」
困った末に、少年は損得勘定であえて乗ってやったという体裁を取ることにした。
これだけ見苦しい信仰告白もそうそうない。一昔前のツンデレである。
「そなたの信仰確かに受け取った。願いを言うがよい」
(なんか話がずれているような・・結局この人が神様って確定したんだっけ?)
少年は違和感を覚えつつも、願いごとを考え始めた。
神様なら何でもかなえてくれる。
不老不死でも、酒池肉林でも、摩訶不思議アドベンチャーでも実現する。
(一生楽できるくらいの金か・・しかし預金口座に莫大な金が急に入ると
不審じゃないか。神様からもらいましたって言ったらそれこそ晒し者だ。
現金で受け取るとそれをどこに隠すか)
(不老不死は死にたくなっても死ねないし、少なくとも80歳まではあらゆる病気に
ならないって願うのが手堅いか?交通事故とかはカバーできないけどなあ)
少年は思い悩むも、なかなか願いごとは決まらなかった。
そして告げた願いごとは・・
「僕が昔ドッキリを仕掛けて傷つけちゃった女の子から、事件の記憶をなくして
あげてください。」
少年は考えた末にこう告げた。目の前の老人を神様だと信じながら。
「確かに承った。」
神様はそう答えたが、少なくとも少年には何の影響もなかった。
そして神様はゆっくりと歩いて部屋から出て去っていったが、
少年もあえてその後は追わなかった。
(最後くらいパッと消えてみせて神様だと信じさせてくれよ・・)
少年は苦笑いをしていたが、どこか清々しい気分だった。
少年の願いごと 試作機3号 @shisakuhin_3gou
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