番外編2 上司から遊園地に誘われたら現実はこうなる

その1 死神からの招待状の方がマシ


※この世界はコロナがなかった(or早期に終息したorコロナのかわりにケイオスビーストが来襲した)世界線という設定になっております。

なので、飲み会云々の描写はコロナ前を想定しております。



******



 ある月曜の朝――

 会社でそのメールを見た瞬間、私は固まってしまった。

 思考や頭の回転は勿論、全身が文字通り凝固してしまったのだ。

 別にいつものミスの指摘ではない。それでもその内容を見れば、自宅であれば悲鳴を上げていたと思う。

 私の様子に気づいた悠季は、即座に私の手元を覗き込んできた。


「どした? 葉子。

 なんかまた、おかしなメールでも――

 うぇっ!?」


 言いかけた悠季ですらも、メールの内容を把握した瞬間。

 普段の彼なら決してしないであろう呻きと同時に、思わず声を失ってしまった。


 私たち二人をそんな状態にさせた呪いのメールとは、このようなものだ。




『皆様、お疲れ様です!

 年間ピークも無事終了したことですし、今週金曜日の業務後、久しぶりに全員集まって遊びに行きませんか?

 飲みではありません。なんと今回は、遊園地で遊びまくりたいと思います!!(*^_^*)』




 それは、沙織さんの上司・原口主任からのお誘いメール。

 物腰は柔らかいが仕事には厳しいことで有名な、いわゆるバリキャリ女子だ。

 私の直属上司ではないが、オフィス全体を取り仕切るリーダー格の一人でもある。

 プライベートと仕事はきっちり分け、週末はアウトドアや日帰り旅行を楽しむ50代独身女性――

 つまり私や沙織さんとは、完全に趣味趣向が真逆の人。

 メールはこう続いていた。


『お酒が苦手でいつも飲み会参加出来ない人も、今回は大丈夫!

 皆様、どんどん参加してくださいね~!!』


 ちなみに原口主任もお酒は苦手で、飲み会ではほぼ一滴も飲まない。

 それでもちょくちょく飲み会に参加して皆と和気あいあいと談笑しているところも、上から評価されているのだろう。私は飲み会参加は出来ても、和気あいあいの談笑がまず無理。

 要するに、今回の場合――


 お酒が苦手だからという理由での辞退が、出来ない。


 そっとパソコンごしに沙織さんの席を確認してみると、案の定――

 彼女もパソコン前で頭をぐしゃぐしゃかきむしりながら、机に突っ伏している。みなと君が慌てて駆け寄っていた。

 悠季もそんな彼女の様子を眺めながら、言ってくれた。


「断れないか?

 金曜は用事があるって言って――」


 勿論それは考えた。だけど。


「あ、あの……

 ちょっと前に女子トイレでたまたま、原口さんとお喋りしたんだけどね。

 その時、うっかり言っちゃったの。金曜夜も週末も大抵空いてますって」

「言っちまったのか」

「だって、天木さんって普段は何してるのって上司に聞かれたら、答えないわけにいかないでしょ? ゲームばかりやってますとは言えないし」

「だからって、暇だって答えたら誘われるに決まってるだろ」

「でも、その時はそんなこと考えもしなかったし……

 それに、飲み会の誘いはこれまでも何度も断っちゃってるし。

 この前も、パスタパーティーのお誘い断っちゃって心証悪くしちゃってるかもだし……」

「パスタパーティー?」

「ちょっと前、原口さんの自宅でパスタを料理して豪勢に食べよう!ってお誘いがあったんだけどね」

「あぁ、あの誘いか。

 日曜に上司のご自宅ご訪問なんざ冗談じゃねぇって、沙織と二人でぼやいてたヤツ?」

「私は断ったんだけど、他の人たちは結構参加者多くて盛り上がったみたいで。

 だから、今度はちゃんと行かないといけない気がして……」

「気がするったって、マジで行きたくなけりゃ断ってもいいんだぜ」



 小声でやりとりする私たち。

 しかしすぐ背後ではメールを見たのか、礼野先輩が隣席の女子たちと盛り上がっている。


「うわー、たっのしそー!!

 原口主任主催のイベントってハズレがないから、私大好きなんだよね。いくいく、いくでしょ、ね、ね?!」


 それにつられて、他の女子たちも勿論大騒ぎ。

 うん……普通の女子って、こういうイベント大好きだもんね。普通は。

 だけど私は遊園地とか不慣れもいいとこだし、そもそも仕事終わったらさっさと帰りたい。

 大きく肩を落とす私に、悠季は言ってくれた。


「まぁ……考え方を変えれば、アリかもな。

 タダで遊園地に行けると思えば。俺も一緒についてくから、心配ねぇよ」


 悠季。その言葉は本当に嬉しい。

 だけど、メールをよくよく読むと、費用はちゃんと自己負担。勿論、役職持ちはある程度平社員や派遣社員より高めに設定してあるけど。

 何より、最大の問題は――

 私は無言で、メール末尾のとある一文を指さした。



『※女子社員限定イベントです♪』



「……マジかよ」


 紫の瞳を見開いたまま、絶句する悠季。

 つまり参加するとしたら、私は周囲に殆ど味方のいない状況で遊園地に放り出されることになる。


「全く、調子乗りやがって……

 男連中が男子限定イベントとかやったらキレるくせにな。

 とりあえず今夜は、ハルマたちと相談だ。いいか葉子、ホントに嫌だったら断ってもいいんだぞ?」


 悠季はそう言ってくれた。

 本当にありがとう、悠季。でも――

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