第5話 雨やみ
最初の観戦から10 年後、僕は父さんと同じ鳥人間になった。
10 年前に観戦して以来、鳥人間というものが少しずつ分かってきた。けれど父さんのような熱意は自分にはなかった。
けれど時が経つにつれ、僕もいつの間にか鳥人間沼にはまっていった。自分たちが作った部品が毎日組み合わされていき、少しずつ機体の形に仕上がっていくその様子に、何とも言われぬ面白さを感じるようになった。
学部1 年の夏の大会は、僕たちにとって悔いの残る結果となった。台風でタイムトライアル部門が中止になったのだ。前日から風雨が強くなり大会の雲行きが怪しくなっていたが、当日は会場全体が暴風域に入ってしまった。会場にいた誰もが、この日のフライトは困難だと理解していた。そしてフライト開始時刻から待つこと数時間、ついに大会事務局は中止を決定した。僕たちが膨大な時間と手間とその他諸々を費やして製作した機体は、どれも琵琶湖の空を飛行することなく、全国各地へと帰らざるを得なかった。一説によると、その前年の大会で、他大学の応援部隊が由来をそれと知らず雨乞いの儀式を披露したせいらしいと噂されていることを、後にSNSで知った。
続く学部2 年の夏は、天候に恵まれ、大会が無事に開催された。けれど、僕たち東讃大学の機体はそこにはなかった。書類審査に落選したからだ。
一般にはあまり知られていないことだが、鳥人間コンテストでは本番でのフライトに先立ち、様々な手続きがある。フライト前の安全審査等で機体の安全性をチェックされるのはもちろんのこと、それ以前に、最も大きなステップとして書類審査を突破しなければならないのだ。
大会本番でフライトできる機体の数には上限がある。一方で、例年どの部門でも上限を遥かに上回る応募がある。したがって機体設計図や出場を目指す理由等を大会事務局に送付し、承認を得る必要がある。僕たちのチームはその書類審査を突破できなかったのだ。冬の間、みんなで知恵を出し合って考えた、申請書類。みんなで郵便ポストへ投函した、あの日。結果を待ちつつ製作した、部品たち。それらはみんな、大会事務局から届いた1 通の封筒によって、
……去年のこの苦い体験を、僕は生涯忘れないだろう。
そして今年。努力の甲斐あって、僕たちは出場できることになった。去年と今年で新歓活動を熱心に行ったこともあって、部員は大幅に増えた。僕が入った頃の倍近い、52 名にもなる。これによって機体製作にも人的余裕が生まれ、各メンバ―に依頼する作業の割り当てに苦慮するという、嬉しい悲鳴を上げる事態にまで至った。おかげで予定よりも前に機体を完成させることができ、大学のグラウンドや外部の飛行場での飛行試験も、人数に余裕を持って臨むことができた。あらゆる条件が揃った、非常に恵まれた環境である。
もちろん、天候にもできる限りのことは行った。気象神社への参拝を行った上、湖畔で寝泊まりするためのテントには無数のてるてる坊主をぶら下げている。それだけではない、フライトの間、応援席では新入生による雨やみの儀式を執り行う手はずになっている。2 年前のような悲劇が起きないように、と念には念を入れているのである。
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