ワンドロ即興小説集2021年8月版

生來 哲学

8/2 テーマ『ウォータースライダーのあるプール』『素麺』

「みんな! 生きてるか!」

 兄の言葉に妹が頷く。

「なんとか」

「無事です」

 妹の友人手を挙げる。

「よかった。全滅は免れたな」

 ここはウォータースライダーのあるプール。

 市内でも指折りのテーマパーク――のはずだった。

 だが今はその栄光も見るも無惨に枯れ果てている。

「うぅぅ……素麺、素麺は……」

「お兄ちゃん、出た!」

「うぉぉぉぉぉ! 聖なるポン酢っ!」

 兄が偲ばせていた水筒からコップに注いだ素麺のだしをぶっかけると虚ろな目をして奇声を上げていた水着姿の男が倒れた。

 奇声を上げているのはこの男だけではない。

 プールの各所で虚ろな目をして「ソーメン、ソーメン」と呻きながら徘徊する水着姿のかつて人だった者達が溢れている。

「どうしてこんなことに」

「分からん」

「だよね」

 つい数分前までは確かにみんな和気藹々とウォータースライダーで楽しく遊んだり、流れるプールで泳いでいたはずだ。

 だが、今では誰もがソーメンを求めて徘徊するソーメンゾンビとなってそこかしこを徘徊している。

「ところで聖なるポン酢って何?」

「分からん。教えてくれ」

「お兄ちゃんが知らないのに分かる訳ないでしょ!」

「いやでも、ソーメンソーメン言ってるし、ソーメンの出しをぶっかけたら止まるかなって――」

「そんな訳ないでしょ」

「な っ と る や ろ が い !」

 そう、何故かノリでぶっかけたポン酢でソーメンゾンビを撃破した。してしまった。

「一刻も早くこの騒ぎの元凶を突き止め――あ」

「あ」

「あ」

 その時、兄と妹とその友人は見た。

 巨大なウォータースライダーでニコニコと素麺をすする身の丈五メートルほどの巨人の姿を。

「うめっ、うめっ」

「「「なんかソーメン食べてるぅぅぅぅぅ!」」」

「ん? 誰か生き残りいたか?」

「クェェェックェェェッ!」

「なんだ、謎の怪鳥か」

 巨人に見つかりそうになるも、兄がとっさに放った謎の鳥の真似のおかげで巨人の気は逸れたらしい。

 どうやら身体はデカいが脳みそはそれほど大きくないようだ。

じゅるっっ、じゅるるるっ

 ウォータースライダーでひたすら素麺をすすり続ける謎の巨人から身を隠す兄と妹と友人。

 不意に気づく。

「……誰が素麺流してるんでしょうね」

 妹の友人の言葉に兄ははっとした。

 上流を見上げると巨大なUFOのごとき謎の物体が浮遊しており、そこから滝のように素麺が流れ続けている。

 そしてプールに素麺が流し込まれ、プールの水に触れた人達はソーメンゾンビになっていくようだ。

「俺の手には余るな」

「そらそうでしょ」

「そらそうですよ」

「妹と友人よ、そこはもっと励まして欲しいな」

 がっくりと肩を落とす兄。

「誰かいるのか?」

「クェェェェェェッ! コッコッコッコッ! クェェェェェェッ!」

「なんだ、ただの謎の怪鳥か」

 プールの巨人は疑問を忘れ、素麺をすする作業に戻る。

「よし」

「なにがヨシですか。このままやり過ごせるとでも思ってるんですか?」

 しかし、妹の友人の言葉は杞憂であった。

 巨人はひとしきり素麺をすすった後、謎のUFOと共に去っていったからである。

 そして後には元にもどった人達の姿が。

「……なんだったんでしょうか、あれ?」

「分からん」

「そらそうでしょうね」

「ただ一つ言えることは」

「はい」

「芸は身を助けるということだ」

 かくて、兄はこの事件の後からひたすら怪鳥の鳴き声の練習をするようになったという。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る