美しい者、醜い者

 疑問に思っていると映像が切り替わって、映し出されたのは……学校のトイレ?


 見てるとトイレに霧子さんがやって来て、個室へと入ります。

 だけど……。


 事件が起きたのは、その直後でした。


「ねえ、あんたなんで、霧子なんかとつるんでるわけ? あいつ暗いし、一緒にいたって面白くないじゃん」


 突如個室の外から聞こえてきたのは、女の人の声。

 どうやら中で誰かが、霧子さんの話をしているようで自分の名前が出てきた霧子さんは、便座に腰を下ろさずそのまま停止する。


 どうやらトイレの中に、数人の女子が入ってきたみたいです。

 そして今度は、聞き覚えのある声が聞こえてきました。


「いやー、それがさあ。案外役に立つこともあるのよ。霧子って勉強だけはできるから、宿題もノートも写し放題だもの」

「え、じゃああんたノート目当てで仲良くしてるってこと? 絵里やるー」

「いいじゃん。そのかわり友達やってあげてるんだから、ウィンウィンの関係だって」


 聞こえてきた言葉に、映像の中の霧子さんは目を見開き、私もショックを受ける。


 この声、間違いありません。さっきまで霧子さんのことを励ましてくれていた、絵里さんじゃないですか。


 友達を、やってあげてる?

 さっきはあんなに優しかったのに。あれは嘘だったんですか!?


 私の驚きとシンクロするように、霧子さんの表情も固まる。


 だけどこれだけでは終わりません。絵里さんはさらに、信じられない事を言います。


「それにさ、あいつブスじゃん。隣にいたら、引き立て役になってくれるでしょ」

「ははっ、霧子の顔ヤバいもんね。けどそれを利用するなんて、絵里頭良いー」

「ブスとハサミは使いようよ。みんなもやってみたら」


 トイレの中に、可笑しそうに笑う声が響いて。霧子さんは個室に隠れながら、ガタガタと肩を震わせています。


 無理もありません。友達だと思っていた絵里さんが、裏でこんな酷いことを言っていたのですから。さらに。


「けどさあ。真二君のことは大丈夫なの? 霧子、絶対真二君に気があるよ。盗られたらどうするの?」

「平気平気。霧子だってあたしが真二君狙いなの知ってるし。まさかあんな顔して本気になるよつな、身の程知らずでもないでしょ。真二君だって、何が悲しくてあんなブス選ぶのよ」

「言えてるー。霧子ならライバルにもならないから、安心だよねー」


 霧子さんが聞いていられたのはここまで。 

 後はもう耐えられないのか、耳を塞ぎなが頭を垂れている。


 悔しかったでしょう。辛かったでしょう。

 信じていた友達に裏切られて、いったいどんな気持ちだったか。想像しただけで、胸が締め付けられる。


 そうしているとまたも映像が切り替わり、今度は校舎の中庭。

 そこには、霧子さんと真二君がいました。


「……真二君、絵里ちゃんと付き合うって、本当?」

「なんだ、もう知ってるのか。悪いな、親友を盗っちゃって。けど俺と付き合っても、絵里はお前に寂しい思いをさせたりしないから、安心しろ」


 真二君は笑顔で返しますけど、対して霧子さんは顔面蒼白。ぷるぷると肩を震わせながら真二君の手を掴みました。


「違うの! 絵里ちゃん、親友だなんて調子の良いこと言ってるけど、本当は陰では私のことブスだの何だの酷いこと言ってるの。皆で笑い者にしてるの、聞いたんだから」

「えっ? 待て待て、いったい何の話だよ。絵里がそんなこと言うはず無いだろ」

「本当よ、真二君は騙されてるの! お願い、絵里ちゃんとは付き合わないで!」


 絵里さんの本性を暴露し、すがるように懇願する霧子さん。

 だけど言えば言うほど、真二さんの表情は固くなっていく。そして。


「いい加減にしろよな!」

「きゃっ!?」


 乱暴に手を振り払われて、霧子さんは地面に倒れる。真二くんはそんな彼女を助けようともせずに、冷たい目を向けました。


「お前、今までさんざん絵里に助けられてきたのに、そんなことを言うなんて最低だな!」

「そんな、だって本当に絵里ちゃんが……」

「絵理は、お前がいつも一人でいて寂しそうだからって声をかけたんだ。そんなやつが、陰口なんて言うわけ無いだろ。俺だって、絵理がお前が可哀想だって言うから一緒にいたのに。そんな風に言うだなんて」

「えっ……」


 霧子さんは目を見開いて。よろよろと立ち上がると、声を震わせる。


「真二君、絵理ちゃんに言われたから……私が可哀想だから、仕方なく一緒にいたの?」

「それは……」


 しまったと言わんばかりに口をつぐみますが、もう遅い。

 呆然とする霧子さんを前に、真二君はどうすれば良いか分からない様子で、しばらく黙っていましたけど、やがて吐き捨てるように言う。


「ああ、そうだよ。でなけりゃ、誰がお前みたいなやつ!」

「―—っ!」


 真二君の言ったそれは本心だったのか。それとも売り言葉に買い言葉で、つい言ってしまっただけなのかはわかりません。

 けど確かなのは彼の言葉が、霧子さんの心を傷つけたと言うこと。

 信じていたのに。友達だって思っていたのに、あんまりです。


 結局霧子さんは、親友を二人も失ったのでした。


 だけど、まだ終わりではありません。

 映像はさらに続き、その後の霧子さんの学校での生活が映し出されましとけど、酷いもので。

 周りから親友を裏切った最低な人と見られ、陰口どころか面と向かって罵られる始末。


「ねえ、聞いた。霧子って陰で絵里ちゃんの悪口言ってたらしいよ。顔が醜いと、心まで醜いのね」

「真二君に、絵里と付き合うなって言ったんだって。やっぱり霧子、真二君のことが好きだったんだよ。絵里に言われて仕方なく一緒にいただけなのにねー」

「つーか本気で真二君が、相手してくれてると思ってたの? あんな不細工な顔して、真二君だって本当は、話しかけたくもなかったんじゃないの」


 それは、聞くに耐えない心無い言葉。

 霧子さんの居場所なんてもうどこにもなく、地獄のような毎日が続いていく。


 特に辛辣だったのが、霧子さんの親友を自称していた絵里さんでした。

 本性を知られた彼女は、もはや隠そうともせずに、霧子さんを攻撃してきたのです。


「霧子ってばそんな顔で、よく外歩けるわね。あたしだったら、恥ずかしくて無理だわ」

「そう言えば、真二君が言ってたなあ。あんたは気持ち悪い。ぶくぶく太っていて醜いって。あははははっ!」

「この間、町で格好悪い男に声かけられちゃった。美人も楽じゃないわ。ま、霧子には一生わからないだろうけど。あーあ、あたしも霧子みたいな、ブスに生まれたかったな~」


 絵里さんが貶したのは、主に容姿。

 伊達に友達のふりをしていたわけじゃありません。それが霧子さんのコンプレックスだと知っていて。

 一番傷つく方法で、彼女を苦しめたのです。


 たかが悪口、なんて思ってはいけません。

 言葉は時としてどんな鋭い刃よりも、人を傷つけてしまうのです。



 心を抉られながら霧子さんは。


 怒りを。


 悔しさを。


 憎しみを募らせる。



 ―—どうして誰も私のことを信じてくれないんだろう。


 ―—絵里はずるい。ちょっと可愛いからって、周りからちやほやされて。心はあんなに醜いのに。


 ―—私がブス、醜い? 私が信じてもらえないのは、見た目のせい? そんなに見た目が大事? 心が醜くても、見た目がよければ信頼されるの?


 ―—ああ、そうか。私はブスだから友達もいないし、信じてももらえないんだ。けど絵里はちょっと綺麗な顔してるってだけで調子にのって、私の事を見下して。ううん、絵里だけじゃない。美人って言われてる人達は、きっとみんなそう。


 ―—綺麗な人が憎い。可愛い子が憎い。


 ―—私は、生まれ変わっても、美しくなんて思わない。むしろそういう奴等に罰を与える、そんな存在になりたい。


 ―—憎い。

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。


 ―—っ私が、本当に醜い者を裁ク! 奴等ハ、裁カレテ当然ナンダ!

アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \



 こうして霧子さんは怨みを抱えながら。校舎の屋上から身を投げて、自らの命を断ちました。


 最後に映し出されたのは、地面に横たわる血に染まった霧子さんの姿。

 そして彼女の魂は自らの怨念により、その形を変え。怪人キリサキさんを、誕生させたのです。

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