第50話
5
《賢者の石》の神殿の奥には、更に《アガルタ》の奥深くへと降りる階段が続いていた。どこまで続いているのか、まったく先が見えない。
出口の見えない階段に、みんなの息が上がり始める。すると突然、さわりが足を止めた。彼女の頭の上で、三角形の狐耳がぴくぴくと動く。
「なにか、来るナ……」
そう言い放った直後、オレたちの背後で壁が轟音を立てて吹き飛ばされた。舞い上がった粉塵の中に、巨大な影が立ち上がる。
ギチギチと音を立てて、身の丈五メートルはある巨大な甲冑が姿を現した。
「な、なんだコイツ……!」
「怪異に決まってるにゃろ!」
「いやでもこんな」
「来るわよ! 注意してッ!」
イリスが日傘を構え叫んだ。
甲冑巨人が腕を振り上げる。なんだ、案外ゆっくりじゃないか、そう油断した次の瞬間、信じられない速度で振り下ろされた腕が階段を叩き割り、空間を揺るがした。
オレと
「恵、さわり! 大丈夫か!?」
さわりを抱きかかえて倒れていた恵が、顔をしかめながらも立ち上がった。
「大丈夫……、ほら」恵が制服をめくると、オレのスーツと同じ魔導素材が覗いた。「生地が余ったから、作ったんだ。気休め程度のつもりだけど、作って良かったぁ……」
冷や汗をダラダラ流しながら、恵が胸をなで下ろす。
「それはいいからさっさと放すんナ!」
恵の腕の中で、抱かれたままのさわりが顔を真っ赤にして暴れた。
再び暴風雨のような風圧に襲われ、粉砕された石片が飛散する。
土煙を裂いて、イリスと凜火が滑り込んでいた。
「アオハさま、アレは怪異ではありません」
「は!? じゃあなんだアレ!?」
「恐らく、この神殿の警備システムか何かじゃないかしら」
「倒せそう?」
イリスに訊ねると、彼女は土埃にまみれたピンクブロンドの髪を苛立たしげに撫でつけた。
「無理ね。堅すぎよ、アレは。……でも、足止めならできそうだわ」
「足止め?」
「ええ」イリスがポケットから密閉パックに入った呪符を取り出す。
「これで、障壁を張れば」
イリスは呪符のパックの封を切る。安全に携行するために分割されていた呪符を慎重に繋ぎ合わせ、障壁展開の準備を整える。
「いけそう?」
「ええ、でも一度敷設したら、この呪符は動かせないの。恵さん、さわりさん、わたくしがあの化け物を食い止めるから、呪符を守って!」
「わかった!」
「ほいナ」
凜火が甲冑の注意を引いている間に、イリスが壁や床に呪符を敷設していく。
「準備できたわ! 凜火さん、退いて!」
凜火が素早くステップを踏み、オレの隣にやって来る。
「アオハさん」イリスに呼ばれ、彼女の所まで後退した。すると、
ドンッ、
いきなりイリスに突き飛ばされて、オレはたたらを踏む。
──バシンッ!
「なっ、イリス!」
オレとイリスを隔てるように、障壁が立ち上がっていた。
「ここはわたくしたちで食い止めるわ。だからあなたたちは行って」
「でも、」
「わたくしを信じなさい!」
イリスに怒鳴られて、オレは言葉を呑み込む。
「あなた、わたくしに言ったわよね。人は一人じゃ強くなれないって。でも、今のわたくしは一人じゃないわ。恵さんと、さわりさんがいる。それに、わたくしはあなたたち、アオハさんと凜火さんを信じています。だから、何も心配なんて要らないのですわ!」
イリスが鋭く腕を振るう。投擲されたジャミンググレネードが炸裂し、甲冑を月光色で包みこむ。
「アオハちゃん、四神楽さん! 行って!」障壁の呪符を守りながら、恵がウィンクする。
「さっさと片付けてくるのナ。アタシが疲れるにゃろ」さわりが気怠げに手を振った。
「行きなさい! そして必ず生きて帰りなさい、わたくしたちを、失望させるんじゃないわよ!」
グレネードの威力から甲冑が立ち直る。イリスが日傘を構え、恵とさわりが身構える。
「……わかった。頼んだぞ、みんな!」
甲冑の一撃が頭上から振り下ろされる。イリスの魔力が炸裂し、稲妻のように地下を照らし出す。
轟音が響き、粉塵が舞い上がる。三人の無事を確かめたい気持ちを堪えて、オレは凜火の手を握る。
振り返ることなく、オレたちは走り出した。
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