第45話 四章

  四章


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「起きろ~朝だぞぉ~、訊きてえことがあんだから、はよ起きてくれ」


 ぺちぺち、と頬を叩かれ、オレの意識が覚醒する。目をこすろうとすると、ジャラ、と鎖の音がして動きが阻まれた。

 狭い一室で、オレは椅子に縛り付けられていた。武装に身を固めた男が、正面で椅子に腰を下ろしている。

瓦斯鬼がすき……、怪異はどうなったんだ。凜火りんかは、学園は……!?」

 瓦斯鬼は「あぁ」と軽い調子で応じる。

「あの娘っ子は知らん。置いてきた。あとあのサイレンは俺が流した誤報だ。ま、これから本当になるけどな」

 さらりと言ってのける鬼に、怒りがこみ上げてくる。意識がハッキリしてきた。

「こんなことして恥ずかしくないのか!? テメェには軍人の誇りがねェのかよッ!」

「軍人のホコリ、ねェ……」

「こんなことで戦律師の名誉が回復するわけないだろがッ! ふざけんな!」

 瓦斯鬼は怒るワケでもなく、淡々とオレの声を聞き流している。なんだコイツ、その余裕っぷりが頭にくる……!

「この計画は、ただ戦律師を見直させることが目的じゃねえ」

 ようやく瓦斯鬼が口を開いた。「最終的には、この国のためだ」

「……何言ってるのか、ぜんぜんわからない」

「お前、けっこうバカだな」

「うるさい! 凜火よりバカじゃない!」

 それは本当に。

 やれやれ、と瓦斯鬼は足を組み、ずい、と顔を寄せてくる。

「青臭いガキの為に、つまらねえ安全保障のお勉強タイムだ」

 いいか? と前置きして瓦斯鬼は語り出す。

「《アガルタ》は危険だ。伝説ヘカトンケイル級怪異なんていう、制御不能な核兵器みたいなもんが野放しになってる。だってのに、魔力の平和利用なんてお題目で、どこの馬の骨とも知れない野郎でも研究者面すりゃ簡単に出入りできる。学生なんざもっての他だ」

「《アガルタ》の解明には、必要なことだろ……!」

 瓦斯鬼は鼻で笑い飛ばす。

「そいつがテロリストだったら? 敵国の工作員だったら? 伝説級怪異を解放するだけで、簡単に甚大な被害を与えることができるんだぞ」

 瓦斯鬼は、軍人の視線で《アガルタ》を語る。

「実際に収容所を襲撃してハッキリした。《アガルタ》での怪異テロは、。魔術師一人で、甚大な被害を与えることができる」

 現に瓦斯鬼は収容所を襲撃し、怪異に収容所職員を皆殺しにさせた。

「だってのに、世の中どいつもこいつも「戦律師不要論」だ。何にも解っちゃいねえ。たしかに、怪異は防律師でも対処出来る。でもな、」

 オレを指さし、次いで瓦斯鬼は自分を指さす。

「悪意ある魔術師を止められんのは、俺たち戦律師だけだ」

「その悪意ある魔術師ってのは、お前のことだろうが!」

「だから言っただろ。世の中の馬鹿共を気付かせるには、脅威を見せつけるしかない」

「それが戦律師の、軍人のやることかよ!」

 オレの言葉に、瓦斯鬼は溜息をつく。「俺だってな。《第拾弐トゥウェルブディストラクション》がなけりゃ、こんなことは考えなかったさ」

 ジャリ、と瓦斯鬼は地面を踏みにじる。

「十七年前、下らねえ組織間のメンツなんてなけりゃあ、俺たちはもっと上手くやれたかもしれない。今となっちゃ意味のねえ「たられば」だ。けどな、今の俺には、次起こるかも知れない事態に備える力が、地位がある。この計画が成功すれば、国は方針を変える。戦律師教育を増強して、防衛力を高めることができる」

 瓦斯鬼の額で、折れた角が鈍く光を反射した。

「俺は戦律師の前に軍人だ。この国を、国民を守るのが仕事だ。だから、防げたもんを何も知らねえ顔して「悲しいけど仕方ないね」なんて言うつもりはねえんだ。もう二度と、「あの時こうしていれば」なんて、俺は思いたくねえんだよ……」

 この鬼を言葉で止めることは、きっとオレにはできない。だけど、それ以外にどうやってコイツを止められるって言うんだ……!

「気が変わったら教えてくれ。もう一つの《賢者の石》は、どこにある?」

「……知らない」

 瓦斯鬼は肩を落とし溜息をつく。

「……そか。わーった」

 椅子を引いて瓦斯鬼が立ち上がると、部屋に数人の黒頭巾が入ってきた。

「じゃあ、こっからは俺たちのやり方で行かせてもらう」

「何する気だ……!」

「特殊部隊員ってのはな、コミュ障じゃ務まらねーんだわ」

「は?」

 急になに言って……

「敵地で現地人と交渉したりしなきゃいけないしな。でも、みんながニコニコ話してくれるわけじゃあねえ。だから──」

 背後から肩を掴まれる。頭をむりやり固定される。

「──強引に「話を聞く」のも、俺らの仕事ってわけだ」

 ぞわり、と背筋が凍った。

「ヤメロッ! なにすんだ放せッ!」

 瓦斯鬼が、複雑な魔導回路が刻まれたグローブを右手にはめる。

「安心しな。拷問なんて芸のないことはしねーから。俺たちは魔術師だぜ?」

 ガッ、と瓦斯鬼に頭を鷲掴みにされる。


「ちぃっと、頭の中覗かせてもらうだけだよ」


 直後、頭の中でバチッ、と火花が散る。埋もれていた記憶が、強引に掘り起こされていく。

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