第33話

 そこからの数時間は、ゲームセンターでクレーンゲームに一喜一憂したり(プリクラは怖くて近づかなかった)、喫茶店をハシゴしてケーキの食べ比べをしたり、気付けば凜火と一緒にオレまではしゃいで楽しんでいた。

 夕方近く、オレたちはショッピングモールを離れ坂道を歩いていた。

 すっかり青葉が生い茂った桜並木が続く道を上りきると、丘の上にある公園に行き着く。

「展望台からの眺めが良いんだってさ」

 イリスに聞いたとおり、公園には背の高い展望台が建っていた。螺旋階段を上りきると、目の前に夕日に朱く染まる街並みが広がった。

「すごい……あ、学園が見える」

 西に目をやると、高い山脈の麓に広がる研究開発区が見渡せた。

 ということは、あの辺が《アガルタ》か……

 巨大な奈落と、その深部で目撃した磔死体の姿が脳裏をよぎる。思わず考え込みそうになり、オレは慌てて頭を振る。今日はデートなんだ。仕事のことばっかり考えてる男はモテないって聞いたぞ。切り替えろ。

「今日、どうだった……?」

 恐る恐る、凜火に訊ねる。

「とっても楽しいです。プリクラに入れなかったのは残念ですが……」

 ……だからなんでプリクラにこだわるの? 

「そ、そっか、楽しかったか……」

 安堵しかけたオレは、凜火の表情を見て、思いとどまる。凜火の視線は遠く《アガルタ》を見つめていた。

 どういうわけか、そのときオレは苛立っていた。どうしてあっち見てるんだよ。せっかくオレと一緒にいるのに……

「……あ」

 思わず、声が漏れた。

 オレが今まさにやきもちを焼いていることを、自覚してしまったから。

 面倒くさい女かオレは……。

 恥ずかしさのあまりオレはしゃがみ込む。

「あぅううう……」

「どうしましたアオハさま? 生理ですか?」

「だから違うっての!」

 ったく、調子が狂う……。いや、ひょっとして、わざと狂わされてるのか?

「なあ、凜火。どうしたんだ、最近……」

 オレのふわっとした問いかけに、凜火の表情が微かに強張った。

「別に、どうもしていませんが。……あ、ひょっとしてもっとスキンシップして欲しかったですか? もうアオハさまの欲しがり屋さんっ♡」

「だから、そういうとこだってば……!」

 意図せずキツくなったオレの口調に、凜火の瞳が震えた。

「お前、ほっといたってオレにベタベタしてきただろ。それなのに最近、それすらしないで。調子狂うっていうか、その……心配で」

 不安や焦りを、凜火が抱えているのはわかってる。

「あの《賢者の石》は、オレもショックだった。けど、なにも凜火まで追い詰められること──」

「わたしはっ!」

 凜火の手が、展望台の手すりを強く握り締めていた。

「……わたしは、早く一流にならなければと、そう感じたのです。そうしないと、わたしは——」

 凜火が、まるで割れ物を見るかのようにオレを見つめた。

「あのな凜火。お前がオレを必死に守ろうとしてくれるのは嬉しい。でも、オレをただの警護対象と思ってるなら、そういうのは止めてくれ」

「ですが……」

 物言いたげに言い淀む凜火に、オレは訊ねる。

「凜火は、どうして戦律師になろうと思ったんだ?」

「それは……」

 凜火は一瞬視線を逸らし、それからオレを真っ直ぐ見つめて口を開いた。


「わたしは昔、大切なひとを守り切れなかったのです」

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