第28話 三章
三章
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《アガルタ》で《賢者の石》を発見してから一週間が経過した。その日、オレは部室で恵と打ち合わせをしていた。
「おっけ~、じゃあこの方向で型紙作ってみるね」
「ありがとう、楽しみにしとく」
広げた図面をクルクルと丸めて、恵が部室を出て行く。すると入れ替わりでイリスが姿を見せた。
イリスは電気ポットでお茶を淹れると、オレの向かいに座る。
「なんか最近、あなたたち別々なことが多いわね」
一人きりのオレを眺めながら、イリスがお茶を啜る。「あなたたち」というのは、言うまでもなくオレと凜火のことだ。
「なんかアイツ、最近妙に張り切っているというか……。補習も抜け出さずにちゃんと受けるし、放課後もずっと鍛錬して、帰ってくるなりベッドにぶっ倒れて寝ちゃうし」
正直、今の凜火は張り切っていると言うよりも、根を詰めすぎているような気がする。
あの朽ちかけた《賢者の石》を目撃して以来、凜火は何かに追い詰められたかのように鍛錬に打ち込んでいた。
真面目になってくれたなら、それは別にいいんだけど……
「でもアイツ、どんなに頑張ったって結局魔力量ハムスターレベルじゃん? ま、四六時中ベタベタされるより、ずっといいけど……、」
けど……
「けど」の先の気持ちが、上手く言葉にできない。もやもやする。
黙り込んだオレに、イリスが「はぁ~」とこれ見よがしに溜息をついた。
「なんだよ?」
「あのね、あなたのそれは、ただのやきもちよ」
「……やきもちぃ?」
思ってもみなかった言葉に、声が裏返る。
「そ。いままでずっとあなたにご執心だった凜火さんに放置されて、拗ねてるのよ。あなたは」
「ハァ!? ……そっ、んっ、なっ? オレは、べ、べつにっ、そんなんじゃ……」
「顔、真っ赤よ?」
イリスに覗き込まれ、オレは顔を覆う。ぅうう……
「ほんっと、可愛いわね……」
イリスがお茶を啜る音が静かに響く。
コトリ、とイリスが湯飲みをテーブルに置いた。
「わたくしが、手を貸してあげるわ」
「はぇ……? 手を貸すって?」
「あなたがやきもち焼いているから、ちょっとはこっちを見ろって、彼女に伝えるのよ」
でも、そんなのどうやって……。オレの顔を見て、イリスが唇の端を持ち上げる。
「簡単よ。デートなさい」
「……でぇ~と?」
「そ。ショッピングでも、映画でもいいから、ごちゃごちゃ悩まず、一緒にぱーっと楽しむの」
「でも、そんなことで……?」
イリスが楽しげな、それでいて真剣な顔付きでオレの瞳を見つめる。
「アオハさん。あなたあの娘にどうなってもらいたいの?」
「ど、どうって」
「少なくとも、疲れてふらふらで、湿っぽい表情でいられたら、嫌なんでしょ?」
「それは、そうだけど……」
イリスは新しくお茶を注ぐと、オレの前に置いた。
「じゃあ、彼女を笑わせる努力をしなくちゃね」
そう言って、イリスは優しげに微笑んだ。思わず見とれていると、イリスは咳払いして、いつも持ち歩いている日傘で床をカンッと叩いた。
「いつもわちゃわちゃしてるあなたたちが辛気くさいと、こっちまで雰囲気悪くなるのよ。だからわたくしのために行ってらっしゃい、良いこと!?」
ツーン、とそっぽを向くイリスに思わず笑みが漏れる。
冷めた緑茶に口を付ける。
渋い苦みの後に、ほんのりとした甘さがあった。
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