第29話


 休日を控えた金曜日の放課後、オレは工学科の穿石寮を訪れた。部屋でミシンに向かっていた恵が、オレの話に目を輝かせた。

「え、え! それじゃあ、あした四神楽さんとデートするんだ?」

「でぇーと、というかぁ、そのぉ、一緒に遊びに行くだけっていうか?」

「デートじゃん!」

 あはは! と笑う恵に、頬が熱くなる。

「まぁ、まだアイツには言ってないけど……」

 恵は目を輝かせる。「でも素敵だなあ、そういうの……うん、ボクにできることならなんでもするよっ!」

「助かる……そこでお願いなんだけど、明日の服、選んでくれないか……」

 パチパチと恵が瞬きする。

「えっと、それは、女の子の服で、いいのかな……?」

「し、しかたないだろっ! オレは男ってバレちゃいけないんだからっ!」

 顔が熱くなるのを大声で誤魔化して、オレは恵に頭を下げる。

「とにかくたのむ!」

「うん、りょうーかいだよっ! えと、じゃあ希望とかある?」

 そんなこと言われても、ファッションに詳しくないから恵に頼んでるんだ。でも、一つ言えることは……

「……か、」

「か?」


「可愛く、してくれ……」


「…………」

 恵が目を丸くして、ぽかんとする。オレは耳までカァアっとしてきた。

「あ、アイツ、凜火って、その、見た目は結構いいだろ? だから、その、負けたくないんだよ! オレが添え物みたいに見えるとか絶対イヤだ!」

「ほほ~ん。なるほどなるほど。四神楽さんと対等になりたい、と……」

「に、にやにやすんな!」

 恵はアハハと笑って、腕まくりした。

「任せて! ばっちりコーデしてあげるから」


 恵のファッション指南を終えた頃には、既に日はとっぷりと暮れていた。けれど、不撓寮の自室に凜火の姿はなかった。きっと、また演習場に行っているのだろう。

 さて、根回しは済んだ。あとは、凜火を誘うだけだ。

 …………どうやって?

 お、落ち着け! 普段から一緒にいて、あまつさえベッドを一緒にしてるんだ。で、デートに誘うくらいがなんだっていうんだ!

 けど、なんだ……この緊張感は。手汗やべぇ……

「ただいま戻りました」

「ひゃぁあいっ!?」凜火が、オレの悲鳴に目を丸くする。

「お、お帰り……遅かったな」

「ええ、鍛錬が長引いてしまって、申し訳ありません」「いや、別に謝ることないけど……」

 おい、さっさと誘え。いやでも、タイミングってもんが……

 オレが一人で押し問答している間に、凜火はシャワーに行ってしまった。オレがやきもきしていると、Tシャツにハーフパンツ姿の凜火が出てくる。ふらふらとベッドに歩み寄った凜火は、髪も乾かさずに布団の上にバタンと倒れる。ここ最近の調子だと、このまま朝まで寝てしまう。

「り、凜火っ、あの、さ……」言い淀むな! 腹くくれ!「明日って、なんか予定ある?」

 ベッドの上で、凜火がぼんやりした視線をカレンダーに向ける。

「明日は、午前中に第三演習場を予約して、午後は図書館で自習しようかと」「あ、そうなんだ……」

 あ、そうなんだ。じゃない! 会話が止まるだろ!

 凜火は、疲れ果てた顔でウトウトし始めた。なんだかその姿に、もやもやしたものがこみ上げてくる。

「オレ、明日出かけるんだ」

 パチリ、と凜火が瞬きする。

「どちらへ?」

「えーっと、それは」やべ、具体的なこと何も考えてなかった。「と、とにかく出かけるんだ! テキトーに店覗いたり、映画見たり。でも、オレ一人じゃそういうトコよくわかんなくて、だから、その……」

 凜火が起き上がる。目を瞬いてオレを見つめる。

「明日は休みにして、オレと一緒に出かけないかっ?」

 凜火が石のように黙り込んだ。……おい、なんとか言ってくれ。オレが言葉を継ごうとした瞬間、凜火の瞳がじわり、と滲む。

「いくっ! 行きますっ!」

 がばっと立ち上がった凜火が、オレをむぎゅぅう、と抱きしめた。く、苦しい。ネックレスのチェーンが食い込んで痛い……

「じゃ、じゃあさっさと寝るぞ! 明日は早いからな」

「そうですねっ」

 凜火はオレを抱きしめたまま、ベッドに横たわる。

「アオハさま」

「ん……?」

「ありがとうございます」

「……ん」

 疲れが残る凜火の顔に、笑顔が溢れていく。ああ、この顔だ……

 不思議な既視感を覚えながら、オレは明かりを消した。

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