第10話
日が沈み藍色に染まっていく山脈を横目に、オレは電車に揺られていた。ふと視線をあげると、戦律師不要論特集をセンセーショナルに謳う週刊誌の中吊り広告が空調に煽られていた。
「アオハさま、大丈夫ですか?」
ずっと黙り込んでいたオレに、凜火が声を掛けてきた。
「……ひとに感謝されるの、初めてだ」
どこかふわふわした気持ちで、オレは呟く。すると凜火が、
「……そんなことありませんよ」
「ひとが感動してんのにサラッと否定すんな!」
うがーっ! と凜火に噛み付こうとしたが、その気持ちはすぐ消えてしまった。
「……オレ一人じゃ、あの怪異は倒せなかった。オレは、オレ一人じゃ、何もできなかった」
バイトにくっ付いてきた凜火を邪魔者扱いして、一人で何とかなると高をくくっていた。でもきょう一日で、オレ一人ができることの少なさを思い知らされた。怪異との戦いにしても、バイトにしても。
「凜火がいてくれたおかげだ。お前の能力があったおかげで、楓さんも親父さんも救えたんだから。……その、邪険にして、悪かった。ありがと……」
もにょもにょと尻すぼみになった言葉に、凜火が黙り込む。恐る恐る彼女の顔を覗き込むと、胸元に手を当てた凜火の瞳に、溢れんばかりの……え? なんでコイツ泣いて──
むぎゅうううう!! 突然、凜火に思いっきり抱きしめた。く、苦しい! ギブギブギブ!!
絞め殺される鳥のような声で抗議すると、凜火の腕が緩む。そして、耳元でささやかな声が響く。
「こちらこそ、ありがとうございます」
その声が震えるわけを、今のオレは理解できなかった。
間幕
ターミナル駅で電車を乗り換えようとすると、凜火に手を引っ張られた。
「ちょっとわたしお手洗いに」
「はあ、どうぞ。……って待て待て!」オレの手を握ったまま歩き出す凜火を引き留める。
「ひとりで行けよ!?」
なんでオレを連れていこうとする!? 凜火はクールな表情を保ったまま、
「可愛いアオハさまをお一人にはできません。劣情を催した不貞の輩に連れ去られてしまいます」「んなわけあるか!」
即座にツッコむと、凜火の頭の上で電球が「ぴこーん!」と灯った。
「失礼しました。アオハさまはわたしが我慢できずに粗相する姿が見たかったのですね……気が回らず、申し訳ありません」「なんでそうなる!? 顔を赤らめるな!」「そこまで仰るなら……」「何も言ってないだろ! まんざらでもない顔すんな! さっさと行け!」
ドゲシ、とオレは凜火の尻に回り蹴りを食らわせる。
その途端、「あはぁん♡」凜火のあられもない声が駅構内に響き渡り、通行人がぎょっとした顔で振り返る。「だからそれヤメロ!!」
クスクスと嗤いながら凜火はトイレに入っていった。しばらく一人でぽかんと立ち尽くす。
「あの……」
不意に、背後から声が掛けられた。思わず「劣情を催した不貞の輩」という言葉が蘇る。慌てて振り返ると、そこには劣情を滾らせる不審者……ではなく、白いタートルネックのセーターを着た、若い女性が立っていた。やや短めにカットされた明るい色の髪が、サラリと波打つ。頬が赤らんだ顔で、瞳がきらきらと輝いている。二十代前半、くらいだろうか。
お姉さんはオレを見つめると、そっと顔を近づけてきた。うわ、めっちゃ良いニオイする……
そして、穏やかなハスキーボイスで、お姉さんはこう言ったのだ。
「キミ、男の子だよね……?」
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