TEARS

ワンス

第1話

乾いた風が砂を巻き上げ霞となって駆け抜けていく。その後を砂がさざ波を描きながら大地に後を残していく。

悠久に続く風と大地との削りあいを刻むように砂塵は体積を重ね、いつの間にか砂丘となってそこにあった。黄金に輝く砂地の中にはぽつんと黒い影がある。天高く清々しいほどの青空の元、少女はそこにいた。

短い髪に白いセーラー服。風に吹かれて靡くさまはとてもこの情景に合っているとはいいがたい。首筋には玉のような汗が、あどけなさの残る顔には強い困惑が浮かんでいる。

少女の名を奏来ルイといった。年は14、どこにでもいるような中学生である。

見渡す限りに広がる砂の大地。緑も川も建物もなく、人間の気配どころか生き物の気配さえ見えない。照り付ける太陽が灼熱となって体を焼き、吹き付ける風は耳元でひょうと音を立てる。

触覚、聴覚、視覚、持ちうる感覚が初めて感じるような気がする。

どくどくと高鳴る鼓動を感じながら、ルイはそっと顔に手を当てた。


「……痛い」


頬をつねって出た言葉は頭の中に響いた。


「……ここ、どこ?」


ぽかんと口を開けて立ち尽くす。目の前の景色に覚えはない。それどころか自分が今ここにいる理由さえわからない。

いつ。どうやって。どうしてここに。

少し前の記憶はそこだけ切り取られたように白く霞む。

目をこすったり瞬きを繰り返してみるものの、何度やっても目の前の景色は変わらない。


「いや、なに。ドッキリとか笑えないんだけど……」


双子の弟のケイがよくYoutuberの真似をしていたずらを仕掛けてくることがあった。

今度もそれの一種か、と思っていやいやと首を振る。

日差しの強さ、吹き付ける風、焼けた砂の匂い。

どれをとっても本物で、弟が再現できる次元を超えている。

引き笑いしながら、ルイは頭の中の記憶を探る。


昨日の夕飯がハンバーグだったこと、弟と喧嘩をしたこと、スマホで友人と会話したことは思い出せた。

だが、ここにやってくるまでの間に一体何があったのか、自分でも驚くほどなにも引っかかってこない。


「一体なに…これは現実なの……?」


無意識に制服のポケットを探る。中にはハンカチと溶けかかったリップクリープが入っていた。いつもの常備品だ。他には何かないかとあたりを見回して、数歩離れたところに紺色の布が埋まっていることに気付く。どこか見覚えのある布地にルイは固まった。


「あれは……」


慌てて近づいて、砂を掃う。見慣れた通学バック。震える指先で『Junior High School』と白く印字された文字を追う。ファスナーの先には見慣れた猫のキーホルダーがあった。泣きそうになりながら中を確認する。茶色のネズミ型人形の形を模した筆箱と赤い淵で彩られたノートが積み重なり、その奥に愛用している白い財布と家の鍵が入っていた。どれもこれも普段自分が使っているものだ。


「私のバックだ……」


急にこの夢が現実味を帯びてきて、ルイはバッグを抱きしめた。

夢だと思いたかったけれどバッグの感触は本物だった。

であればやはりこの暑さも、吹き付ける砂と風も、不快に思うほどの青空も、すべて本物なのだ。


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