28話 またしても坂木に振り回される

 それから、坂木父はすぐに帰った。生物なまものは早く持ち帰りたいとか言っていたが、あの顔は照れ臭がっている坂木と同じだった。さっさと帰ったのはきっと俺のせいだろう。娘をよろしくお願いします、と去り際に深く頭を下げていたぐらいだ。勘違いとはいえ娘の上司に乱暴な物言いをしていたし、気にしているのかもしれない。


 残された俺たちはベンチテーブルに並んで座っていた。自販機で買ったカップコーヒーをひと口すすり、白い息を吐く。それは何事もなかったかのように消えていった。


 すっかり気を抜いている俺に、坂木は頭を下げる。


「ありがとうございました。わだかまりが消えたとは言えませんし、これからも喧嘩けんかするとは思いますけど、前に進めたのは幸二さんのおかげです」

「気にしなくていい。それを成したのは坂木たちだからな」

「それでも感謝しています。幸二さんが背中を押してくれなければ、何も変えられずにいました。本当に頼もしかったです」


 坂木は再び頭を下げる。そこまでされると何だかくすぐったい気持ちになり、足を組みかえつつ話を変えた。


「それはそれとして、俺が電話した時に外出していたのはなぜだ?」

「ちょっと出かけてました。出先でスマホ持ってないのに気づいたんですけど、急いでいたし、いいかなって」


 やましさを感じているのか、坂木は目を泳がせながら答えた。そのせいで想定していた事態から大きく外れたので、軽くくぎをさす。


「俺から連絡があるとわかっているならスマホぐらい持っていけ。それで急ぎとは何だったんだ?」

「あー。えーっとですね。これを買いに行ってたというか。たいしたものじゃないんですけど」


 煮えきらない説明をしつつ、坂木は背負っているリュックサックから日本酒の四合瓶を取りだす。緑の瓶と巻かれた赤のリボンがマッチしているといえなくもない。


「酒か? いつでも買えるだろう」

「クリスマス・プレゼントはいつでもってわけにはいきませんし。どうぞ。好みに合うといいんですけど」


 受け取ったはいいが俺は何も用意しておらず、言葉すら返せずにいた。フリーズしかける俺の顔を坂木がのぞき込む。


「クリスマスに日本酒って変ですよね。でも時間ないし、幸二さんはお酒好きだし、それしか思いつきませんでした。それ、この辺りの地酒なんですよ」

「いや、まさか贈られるとは思ってもみなくて驚いた」

「今まで一回も渡してないのに、もらえるのを予想してたら怖いですよ」


 たしかにそうだが、ふと思う。なぜ今年に限って贈る気になった?


 その疑問を投げかけると、坂木は神妙な面持ちで答える。


「今までは職場でしか会わなかったからです。みんなが見てる前で渡すのはいやですよ。……それに、私のためにわざわざ来てくれたお礼もしたくて」

「翔太の事で助けてもらっているから気にしなくてもいい」

「そう言われると思ったからクリスマス・プレゼントです」

「そうなるとお返しが必要になる。クリスマス・プレゼントは交換するものだ」


 そこまで考えていなかったらしく、むむ、とうなり声をもらしていた。


「うまい理由付けだと思ったんですけどね」

「詰めが甘い。しかし、贈り物を選ぶのは苦手だ。考えておいてくれ」

「駄目です。幸二さんが考えてくれるのが醍醐味だいごみってやつじゃないですか」


 文句を言いつつも楽しそうにしているのを見て、もう大丈夫だと思った。昨日、電話していた時のような空元気さではなく、いつもの坂木に見える。


 俺の役割は終わったと判断し、立ち上がってコーヒーを飲み干した。


「そろそろ帰る」

「ひきとめたいですけど翔太君が待ってますしね。今夜は二人でクリスマス・パーティですか?」

「いや、大智の家でホーム・パーティだ。今から移動すれば挨拶ぐらいならできるかもな」


 坂木はその話に興味を持ったようなので、かいつまんで教えてやった。二人の少年がプレゼント交換することを。翔太がプレゼント選びに苦労していたことを。初めての泊まりを楽しみにしていることを。


 聞き終えた坂木は子供たちの様子を想像したのか、目を細めた。


「いいなあ。楽しそう」

「大智の父が坂木にも来てほしいと言っていたぞ。いつぞやの家出騒ぎの礼もしたかったらしい」

「え、聞いてないですよ!」

「俺に話がきた時には坂木の帰省予定を聞いたあとだったからな。代わりに断っておいた」


 久しぶりの帰省を切り上げて戻ってくるとは思えなかったので確認を省略したが、それでは坂木父と同じく対話不足だ。その時は気づかなかったとはいえ隠すのはフェアじゃないと思い正直に答えると、やはり坂木は目を白黒させていた。


「私の父に言葉が足りないってよく言えましたね。幸二さんもたいして変わらないですよ」

「そう言われる気がした。すまない」

「断るのがわかっていても聞いてほしかったですよ。減点です減点。さっきまでは格好いいと思ってたのに」

「どこがだ?」


 話し合いは成り行き任せで高評価されるポイントがあったのか疑問だったのでたずねてみると、坂木はため息混じりに教えてくれた。


「減点より加点を気にするポジティブさが幸二さんらしいですね。まあいいですけど。父にガツンと言ったのは凄いと思いましたよ」

「そういうものか」

「そういうものです。でも、ひとみさんって言ってたのも減点なんでトータルでマイナスですね。苗字でしか呼ばれないから思い返すと恥ずかしくなります」


 中学生みたいな恥じらいを語るわりには、したり顔でジャッジする坂木に食い下がる。


「俺を名前で呼んでいるのに、その減点は理不尽じゃないか?」

「うちのフロアに佐藤さんが何人いると思ってるんですか。一緒のチームにもいますし」

「それなら、あいつを名前で呼べば……しまった! 佐藤の件を忘れていた」


 突然大きな声を出した俺を坂木はいぶかしむ。


「佐藤君がどうかしたんですか?」

「坂木が担当しているモジュールができてないから佐藤が困っている。いつ頃終わるか教えてくれ」

「ローカルではできてます。確認してからサーバーに置こうと思ってました」

「休み明けで構わないから佐藤とすり合わせしてくれ。あいつの作業に影響する箇所だからな」


 元はといえば佐藤の資料が発端だった。進捗を確認するだけのはずが、いつの間にか遠方の北国まで来ていた。思いもよらない遠回りになったのがおかしくて頬が緩む。


「これで全ての案件が消化できたか。祝杯をあげたいぐらいに清々しい気分だ」


 もらったばかりの酒のラベルをなでるが、奪い取られた。


「これから運転するのに駄目ですよ。もしかして、それを話すために昨日電話してきたんですか?」


 うなずきを回答にすると、坂木は声をあげて笑った。


「たったそれだけのために、ずいぶん遠くまできましたね」

「坂木のせいだからな」

「すみません」


 口では謝りつつも笑いをこらえようともしないが、楽しんでいる顔が見られて良かった。やはり暗い表情や落ち込んだ声は似合わない。そう考えると、はるばる北国まで来たかいがあったというものだ。


 自分の取った行動に満足して立ち上がる。年明けまで顔を合わせないので年末の挨拶でもと思ったが、減点ばかりされたので、ささやかな仕返しをするとこにした。


「ひとつ教えてくれ。そこの鮮魚センターに贈答向きのものもあるのか?」

「何ですか? 急に」

「大智の家に手ぶらで行くわけにはいかないだろう」

「なるほど。正月前ですし日持ちするのも多いですよ。私、イクラも好きですけどカズノコにも目がなくて」


 坂木は想像したようで、ウットリ目を細める。魚卵なら何でもいいのかと思ったが、うまいこと話に乗ってくれた。


「それなら一緒に選んでくれ。礼として買ってやろう」

「やった。本当にいいんですか?」

「ああ。ひとみには世話になっているからな」


 名前呼びが恥ずかしいと言っていたので、それなりの反応が見られるはずだった。それなのに坂木はケロリとしているどころか反撃してくる。


「どうしたんですか? 急に名前で呼ぶなんて。もしかして恥ずかしがらせようとしたとか?」

「……その通りだ」

「思春期じゃあるまいし、そんな程度で動じませんよ」


 そう言われると目論見を見透かされた分、俺の方がつらい。まっすぐに見つめてくる大きな瞳から逃げるように顔を背けると、余程おかしいのか笑いだした。


「仕方ないですね。珍しいところが見れたんで加点しときます。あの幸二さんがいたずら心をだしたり恥ずかしがったりするなんて。距離が近くなった証拠ですかね」

「やめろ。これ以上からかうな」


 たしなめるのが目的の言葉でも坂木には効果がなく、楽しそうに腕を組んでくる。


「ほら、行きますよ。カズノコ買わないと。良かったですね。クリスマス・プレゼントで悩む必要がなくなって」

「先に土産だからな」

「わかってますよ。ちゃちゃっと選んじゃいましょう」


 何も言えない俺を坂木はぐいぐい引っ張り、人であふれる鮮魚センターに向かう。


 考えてみれば今日は坂木に振り回されっぱなしだったし、それは年が明けても変わらないだろう。もちろん俺が頼る事だってある。助け、助けられ、時折からかわれる関係がとても大切だと思えて素直に言ってみた。


「坂木がいてくれて良かった」

「任せてください。あの新巻鮭あらまきじゃけなんかいいんじゃないですか?」


 土産選びで、よろしくと言ったわけではない。その思いは胸の内に留めるだけにしておいた。



【次回予告】


 時はさかのぼり、去年の年末の夜。幸二は雪の積もる駅のロータリーで田上と再会する。行き場のない田上と彼女の子である翔太に幸二は手を差し伸べる。全てはこの夜から始まった。


 次回

『お前らの存在が重すぎて俺のタスクが破綻する』

<ビギニング・ナイト>

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