全前世より願いを込めて

狗条

綺麗な花が咲くでしょう

「しっあわせは〜あ〜るいってこ〜ない〜だ〜かっらあ〜るいってゆくんだね〜♪」


 昔から雨は好きだった。

 音痴な自分が大声で歌っていてもかき消してくれるから。

 昔から雨の日には傘を刺さなかった。

 泣いていても雨に混ざってバレないから。


 ♪


 出会ったのはつい最近だった。

 休日に街で買い物をしている君を見つけたんだ。前世よりも少し背が伸びていて、髪型も変わっていたけどすぐに分かった。

 偶然を装って声をかけてからまだ1年も経っていないけど、全前世から君のことを知っていたから仲良くなるのなんてあっという間だった。

「全前世から君のことを知っている。前世ぶりだね」なんてことを言ってしまったら、きっと君は僕のことを気味が悪いと言うに決まっている。前世でそう伝えて失敗しているから、今世では黙っていよう。

 今世の君はまだ大丈夫そうで安心したよ。すでに手遅れだったらどうしようかと思ってたんだ。


「妹は見つかったかい?」

「妹?俺に妹なんていないよ?姉はいるけど」

「そうだっけ?」

「誰と間違えてんの?」

「ちょっと酔ったみたいだ」

「大丈夫かよ」

「大丈夫じゃなくても、医者の君が目の前にいるんだから安心だね」

「おいおい、今日の俺は医者でもなんでもねぇよ」


 間違えていないよ。君には妹がいるんだ。正確にはいたんだよ。5つ歳が離れた華奢で白い肌の可愛い妹が。

 まぁ、覚えてないのも無理はないと思う。君に妹がいたのは前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前の前のことだから。


 ♪


「昨日のニュース見たか?」

「女性の変死体が見つかったっていう?」

「そう。左腕が切断されてたらしいな。しかも、その腕はまだ見つかってないとか…」

「テレビで顔が出てたね。肌の白い女性だったから、犯人はよっぽどの腕フェチか…証拠隠滅の2択だね…」

「俺たち凡人には分かんねぇな…怖い世の中だ…」


 ♪


「また見つかったらしいな…」

「1週間前の女性と同じで、今度は右足が切断されてた…線の細そうな人だったね…」

「連続殺人事件ってやつだよな?」

「でも、それはマスコミや雑誌記者が勝手に言ってるだけで本当かはわからないよ。共通点とかも体の一部が無い以外には…」

「自分の身内には何もなければいいが…」

「女性ばかりが狙われてるから、君のお姉さんが心配だね」


 ♪


「聞いてくれよ!彼女ができたんだ」

「ええ!本当かい!それは良かったね!」

「道端で体調が悪そうだったから声をかけて、何かの病気だったらいけないからとりあえず、俺の勤務してる病院に連れて行って検査をしたんだ」

「もしかして、それがきっかけで…?」

「あぁ、あなたは私の恩人です。って言われた。こんなセリフ、ドラマや映画でしか聞かないと思ってたんだが、まさか自分が言われることになるなんてな」

「本当だね。検査の結果はどうだったんだい?」

「軽い熱中症だった。最近急に暑くなったからな…体が暑さに慣れてなかったんだろう。今はすっかり元気になってる」

「それは良かった。今度僕にも合わせてくれよ」


 ♪


「もしもし?こんな時間にどうしたんだい?」

『…………』

「もしもし?」

『彼女が…』

「あぁ、彼女がどうしたんだい?」

『連絡がつかないんだ…電話をかけても出ない…』

「それは心配だね…最近、あの物騒なニュースがあったばかりだしね。どこか心当たりはないのかい?」

『全部調べた。彼女のバイト先にも行ってみたが、すでに帰宅したって言っていた…』

「友達と待ち合わせがあったとかは?」

『何か予定がある時は連絡をくれる…けど、今日はその連絡はなかった』

「警察にはちゃんと行ったのかい?」

『もう一度彼女に連絡をして、様子を見てから向かう…』


 頭部、両腕、両足が発見された。

 君の自宅の近くだった。きっと、君の自宅に向かう途中に何者かに殺された。と聞いた。

 パトカーのサイレンと騒ぎを聞きつけた野次馬たちがどんどん集まって来ている。彼女と同じくらいの女性は、口元を手で隠しながら眉間に皺を寄せている。女子高生はスマートフォンでこの惨状を撮影しているように見える。

 君は話を聞いていたのかい?と疑うほど、あまりにも冷めた目をしていた。泣くことも叫ぶこともなく、虚ろなその瞳には何が写っていたんだい。


 ♪


「まさかこんな身近で起こるなんてね…」


 僕の問いかけなんて聞こえてないんだろ?


「彼女の体…早く見つかると良いね」


 何処にあるか知ってるんだろ?


「犯人、許せないね」


 君はもう彼女に興味なんてないんだろ?


「これ以上殺人は起こさせない」


 あの時君が見ていたのは”右腕”だろ?


 ♪


「左腕、右足、胴体…死体が見つかっていないだけで、他にもう一人殺してるんだろ?君はいつも左腕からだからすぐに分かった」

「は…?何言ってんだ?」


 本当に分からない。という顔をしている君に突きつける証拠はない。

 証拠は僕の全前世からの記憶だ。


「君に彼女ができた時点で何と無く目的は分かってた。でも、止める事が出来なかった」

「目的?俺と彼女が出会ったのは偶然だった」

「肌が白くて華奢な女性…」


 今まで遺体で見つかった女性たちの共通点は『肌の白い華奢な体』だった。

 彼女の遺体が見つかった時に君が見ていた女性もこの条件に当てはまっていた。


「顔は君のお姉さんだろ?」

「おい、さっきから何言ってんだ…訳が分からない」


 写真でしか見たことはないが、見た瞬間に君の妹と同じ顔だと分かった。


「今世の君の職業は医者だ。せっかくの体を雑に繋げることなんてしない」

「だから、何を言っているんだ?繋げる?勘弁してくれ…」


「君は全前世から、妹を作っているんだ」


 反論はなかった。

 君は始まりの時に妹を亡くした。その時から君は変わってしまった。

 最愛の妹を生き返らせるために、妹に似た女性に言葉巧みに言い寄り、少しでも妹と違えば気に入らないと何人もの女性を殺している。

 前世での失敗を繰り返さないように、途中から妹を作るようになっていた。妹と同じ体格の女性を殺害し、それぞれのパーツを組み合わせて記憶の中の妹をこの世に再現しようとしていた。

 何度も、何度も何度も同じ事を繰り返していたことを僕は知っている。

 だが、それは本当に君の妹なのかい?


「僕は全前世から君を止めるために生きている。今世の君を止めに来た」


 ♪


 君を止めに行く日は決まって雨が降っている。

 アスファルトの窪みに出来た水溜り。

 傘の上で跳ねる雨粒。

 ズボンの裾に跳ねた湿った土と真っ赤な水滴。

 雨の匂いに消えて行く硝煙と鉄の匂い。


 ♪


「い〜ちにっちい〜っぽみ〜いかっでさんほ」


『……先月から立て続けに……連続殺人じ…は、警察の捜査も……犯人は』


「さ〜んほすっすんでに〜ほさ〜がる〜」


『次のニュースです……〇〇大学付属の医師が…から行方ふ…になっているニュースです。警察は、医師と面識のあっ……刑事を……』


「じ〜んせいはワン・ツ〜パンチ」


「あっせかっきべっそかっきあ〜るこ〜およ〜」


「あ〜なたの〜つけたあっしあっとにゃ〜」


「き〜れいな〜はなっがさっくでっしょお〜」


『…以前から、「前世からの記憶がある」などと語っていた事が分かっ…りrrrrrrrrriiiiiiiiiiiii…………………………………………………………………………………………………………………………………ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ………………………………ザザザザザザザザザザザザザザ………………ザ……………………………………………………二人は現在も……が分かっておらず…………………………………………………………………………ザッ……………………………………………………………ザ……………………………………………………………………………………………………………ーーーーーーーーーーーー……………ーーーーーーーーーー……………………………………………………………………………』

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全前世より願いを込めて 狗条 @thukao0710

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