第7話 『おかえり』

「初めまして。仁村くんのクラスメイトの篠崎つぐみです」

「こちらこそ初めまして。わたしはかずちゃんの親代わり兼、将来の妻。仁村芽依です」

「いや、何馬鹿なこと言ってんの」



 現在、俺ん家のリビングはカオスに満ちていた。

 俺はすぐにでも篠崎を帰したかったのに、芽依さんが「お礼をしないと!」って言って呼び止め、更に家の中に招き入れてしまったから。

 そしてこの自己紹介。あんた頭おかしいんじゃねぇのか!?



「えっ? 妻って……仁村くんさっき自分の叔母さんって言ってなかった? 三親等内では結婚できないよね?」



 おぉ……よく知ってんな。まぁその通りだな。叔母と甥の関係は結婚できない。それは俺もよく知ってる。なぜなら芽依さんに言われたからな。余計な情報も一緒に。



「篠崎さん……。よく知ってるわね。確かに叔母と甥の関係は結婚できないわ。ただ……」

「ただ……?」

「それは血が繋がってればの事! わたしは確かにかずちゃんの父親の妹だけど、血は繋がって無いの! かずちゃんの祖父祖母……わたしのお父さんとお母さんはね? 連れ子再婚だから! だからわたしとかずちゃんは血の繋がりは一切無し! だからかずちゃんわたしと結婚し──ふごぉ!」

「初対面の相手に何言っちゃってんだ!?」


 俺はテーブルに置いてあったモナカを芽依さんの口に突っ込む。



「パ、パサパサするっ! 口の中にすんごいくっついてくるぅぅぅ!! み、みずぅ〜! あ、でもこの乾いた感じ、今のわたしとかずちゃんみたい? 今からどんどん潤っていくのね!」



 芽依さんは席をたち、訳分からんことを言いながらキッチンへと向かって行く。ふぅ、静かになった。



「た、楽しそうな家族だね?」

「これがたまにならな。頻繁に言われればやかましいだけだ」

「凄いね。私、家では喋ることないからビックリしちゃった」



 家で喋らない? 一体どんな家なんだよ。



「それで仁村くんはいつ結婚するの? 卒業したらすぐ?」

「いや、結婚しないからな? アレはあの人が勝手に言ってるだけだから。俺はこれっぽっちも結婚する気ないからな?」

「そうなの?」

「そうだよっ!」



 話聞いてた!? 見てた!? 俺、明らかに拒否ってたよね!?

 と、そこでコップを片手に芽依さんが戻ってきた。



「そうね、かずちゃんが卒業と同時にかしら? 式はハワイで親族のみ。新婚旅行はドバイね」

「具体的すぎてこえぇよ。決めた。今決めた。卒業したら絶対家出ていくわ」

「ついて行くよ?」

「やぁめぇろぉ!」

「あはははっ! 仁村くんの家族はみんな楽しいね。お姉さんも叔母さんも綺麗だし」

「あ、篠崎さん? わたしの事は芽依さんね? 叔母さんNG。芽依さんorお姉さん。おーけー?」

「あ、おーけーです!」



 そこからは女二人でなにやら色々と話が盛り上がり、俺は蚊帳の外。腹が減ったらからコーヒーをいれつつ、キッチンで昨日の残りをつまみながら二人を見ていた。時折俺の名前が出てきたような気がするけど、突っ込んだら負けの精神でスルー。

 なんでこんな短時間で仲良くなってんだよ。まぁ、きっと芽依さんのノリとキャラの良さだろうな。あの人、気がつけば友達増えてるし。


 と、そこで篠崎も芽依さんも立ち上がった。



「かずちゃん、つぐみちゃんそろそろ帰るって」



 いつの間にか名前呼びに!? まぁそれはいいか。



「お? おう。じゃあ見送るわ。怪我してなかったら送っていけたんだけどな。そこはすまん」

「え、いいよいいよ。まだ明るいし」

「ん? そうか?」

「うん! 仁村くんも芽依さんも今日はありがとうございました。こんなに私の話を聞いてくれたのって、ホント久しぶりでとても楽しかったです。じゃあ仁村くん、また明日ね?」

「おう」

「バイバイ♪」



 篠崎はそう言って玄関から出ていく。

 俺と芽依さんはそれを見届けると、再びリビングに戻ってきた。

 すると突然、芽依さんが滅多に見ない真面目な顔をしたかと思うと、俺の事を真剣な眼差しで見つめて口を開いた。



「かずちゃん。今日来たつぐみちゃんなんだけど、明日もウチに呼びなさい」

「は? なんでだよ。そんなに気に入ったのか?」

「気に入った……というか、が正しいわね。あの子、あれだけ話していて一度もわたしの目を見なかったのよ。何度かわざと目が合うように動いてみたけど、すぐに逸らすの」

「珍妙な行動見せられてドン引きしてただけじゃね?」

「それならまだいいんだけど、あれは極端に怖がってる感じだったのよね……。家で話を聞いてもらうっていう認識がまず不思議だったし」

「ふ〜ん」



 俺が帰り道で感じた違和感と関係あるのか? でもあんまり深入りするのもな……。



「まぁ、気が向いたらな。俺、篠崎の連絡先知らんし」

「そう言うと思ってさっき連絡先交換しといたわ。わたしから言っておくわね?」

「い、いつのまに……」

「どう? さすがでしょ? 良いお嫁さんになると思わない?」

「それとこれとは別」



 はぁ、最後のがなかったらちょっとカッコよかったのに……。

 にしても……篠崎の家、いったいどうなってんだ?





 ◇◇◇



「ただいま」



 鍵を開けて家の中に入る。

 テレビの音。料理を作る音。

 だけどこの家には誰もいない。

 私もいない。



「おかえり」



 私は私に向かってそう言う。

 

 明日はいつもより早く起きないと。仁村くんが待ってる。

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