双葉はいつか花になる

犬歯

序章 序章

窓の外から差し込んだ光は窓を隠す薄い壁に阻まれるも、その木漏れ日が部屋の中を和やかに温めている。


光に照らされた部屋の中に一人の少年が寝台から立ち上がろうとするその陰を写していた。

少年の髪は蜂蜜色に染まり、まるで自分が光源だといわんばかりの神々しさを放っていた。そしてその眼は深淵に包まれたような青を宿していた。

そんな浮世離れしている風貌の少年は窓の傍に立ち、どこかこの世の場所ではない場所ーまるで自分の故郷の国を見るかのようにーをただ一心に見つめるだけであった。

光に照らされた部屋の中に一人の少女が寝台から立ち上がろうとするその陰を写していた。

少女の髪は新雪のような白さをまとっており、一人だけ時が進んでいないようでもあった。そしてその眼は赤く煌めきどこか

一縷の禍々しささえ感じさせていた。そんな神々しさをみせる彼女は結局、寝台から離れることなく画面の中の誰かに向けてしゃべりかけることにいそしんでいた。


外では雲が太陽を盗み出してしまうような,,,そんなおぞましさを纏い、一方通行の道をただ進んでいた。

「蒼、朱、ご飯食べないの?」階下から、澄んだような声が響く。

「食べるよ」「食べます」

二人は長年連れ添ったパートナーのように

ー彼らは血を分け合い、その身を共に成長させてきたのだがー 声を合わせて言葉を返した。


食卓を囲みながらも彼らは他愛もない話を繰り広げていた。


「僕たちも高校を卒業したけど、本当にそんなことするの?」


「勿論、楽しく生きる必要があるでしょう?それに私たちならできるわ。ねぇ紫苑お兄様?」


「そうだね、君たちならできるんじゃない? まぁほとんど僕のお店の手伝いになると思うけど。」


彼の名は紫苑というらしい。彼は東京のある場所に喫茶店を経営している。そしてその二階に双子は探偵事務所を立てようといっているのだ。


「あら、お兄様は本当にお上手ね。知ってます?

ブーメラン効果ってものがあるんですよ。」


「聞いたことがある気がするけど、内容までは覚えてないな」

紫苑はそう答えると、その声をふさぐように蒼が答えを語りだしていた。


「ブーメラン効果っていうのは、説得者が説得によって強要しようとすると逆効果になってしまうというものなんだよね。これって心理的リアクタンス、つまり自由選択権が阻害されることを嫌う人間の性質によるものなんだ。紫苑兄さんは僕たちを本当は探偵なんてものにさせたくないけど、否定したってこれが起きてしまうからあえて肯定したんでしょ?」


「それだけじゃないわ、イエス・バット法も巧みに使ってるの、さすがお兄様だわ。まぁ無意識だとは思いますけど。」


紫苑は苦笑いしながらも「そうだね」と答えた。


その空気は陽にあてられ、どこか少しむず痒いような、それでも確かに暖かさを残していた。


彼らは不思議な関係にある。彼らは親の気配を見せることがない。それも当然で、彼らに親という存在はいない。それというのも18年前、つまり双子の誕生とともに彼らの現存するはずの唯一も肉親である実母がどこかに姿を晦ましてしまっていたのだ。そして育ての親である御婆さんも3年前双子の高校入学を見届けて、他界してしまった。以来彼らは3人で暮らしてきたのだ。


また紫苑は蒼と朱との血のつながりが存在しない。そもそも紫苑の血縁がこの世には存在しないのだ。そのため彼の親という存在は双子の産みの親以外にはおらず、

家族という概念は、双子の他に、彼らの母親以外合致しないといえる。


彼らの胸中にはこのことに対する、透明なようで雑多に混ざり合う感情を持ち合わせてこそいるが、砂嵐巻き荒れる心中はただ目の前のことに対する情熱により、宵闇のような黒を純潔な白へ、その色を塗り替えようともしていた。


彼らの未来を案ずるようなその色は内側を緩慢にも感じさせ、対照的に外では雲がまるで太陽を本当に盗み出すかのように覆い隠し、まるで灯篭の火が消失してしまったかのように光を消してしまった。


その後の天気は桜が咲き乱れているとは思えない黒一色であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る