いつか

青とオレンジのもやもや

第1話

 俺は坂本。どこにでもいそうな高校生ってやつだ。趣味も特技もなんもない。やりたいことがない。将来を決めなきゃいけない時期なのに、何をしたらいいのか全然わかんない。先生からは毎日のように大学の話されるし、周りの奴らはもう進路決まってるみたいで、最近はマジで焦ってる。でも考えれば考えるほどわかんなくなるし、もう考えることに疲れるし、正直しんどい。たまに、何もかも忘れて楽になりたいって思う時もある。


 ある日の放課後、なんとなく家に帰るのが面倒で、しばらく学校の中を歩き回ってた。すると、どこからか音が聞こえてきた。

「ピアノの音…?音楽室か」

めちゃくちゃ上手いってわけでもない。ところどころミスしてるのが素人の俺でもわかる。でも、なんだろう…。誰が弾いてるのか気になる。

 俺は音楽室の前まで行って、少しだけドアを開けて覗いた。

「あ…」

そいつは俺のクラスの男子だった。名前は…なんだったかな。でも、クラスでは静かで誰かと話してるとこもあんまり見た事なかったから、ちょっとびっくりした。

俺に気づいたそいつは演奏を止めてこっちを向いた。

「え…さ、坂本くん?」

あ、喋るんだ…。いやそりゃそうだよな。

「あー…君同じクラスだよね?…ごめん!名前知らないんだ。俺覚え悪くて…」

「僕は、相馬渚。まさかまだ学校に誰かいるとは思わなかったから、びっくりしたよ。」

いつの間にか外は薄暗くなっていた。部活時間も終わっていたようだ。

「相馬はピアノ弾けるんだな」

「弾けるって言えるほど上手じゃないんだけどね、好きなんだ。ピアノの音が」

「俺はあんまクラシックとか聴かないからピアノの音とかよくわかんないけどさ、さっきのはいい音だったよ」

「本当!?ありがとう!そんなこと言われたの初めてだよ」

そう言ってから相馬はまたさっきの曲を弾き始めた。

「…楽しそうに弾くんだな」

「え?何か言った?」

「あぁ、いや、何も」

俺はなんだか無性にイライラしてきた。なんでこんなにこの場を離れたいと思うんだろう。自分でも何でこんなに苛立っているのかわからない。

「相馬、俺そろそろ帰るわ、また明日な」

「あ、うん!また明日!」

俺は足早に昇降口へ向かった。そこから家に帰るまで何を考えていたのかあまり覚えていない。ただ、モヤモヤしていた。


数日後、俺はおもむろに音楽室へ足を向けた。

「ピアノの音だ…」

相馬がいるんだ。俺は、ノックをしてからドアを開けた。

「坂本くんかぁ、びっくりした」

「なあ相馬、聞きたいことがあるんだ」

「僕に?何?」

「どうやってやりたいことを見つけたんだ」

「うーん…」

相馬はしばらく考えてからまた口を開いた。

「見つけたっていうか、見つかったって感じかな。」

「見つ…かった?」

「そう!えっとね、実は僕、ピアノ弾き始めたの中学の頃からなんだ。それまでは音楽はそんなに聞いたことなかったんだけどね。僕ね、中学の頃、色々大変だった時期があってね。辛くて悲しくて毎日泣いてた。そんな時ね、ピアノの音が聞こえたんだ、テレビから。弾いてたのは一般人だったんだけどね、僕その時に凄く心が嬉しくなったんだ」

「心が?嬉しく?」

「なんか言い方変だよね…、でも言葉にできないんだ。嬉しいっていうのが一番近いと思ったんだけど、僕でもよくわかんないんだ」

「相馬にもわかんないんじゃ俺は全然わかんないじゃないか」

「あ、そーだよね!でも、なんていうか、こういうのって理屈じゃないと思うんだ。探して簡単に見つかるものでもないと思う。たまたま出会ったその瞬間にね、わかるんだ。これが僕がやりたかったことなんだ!って」

俺は、俺が今まで悩んでいたことがなんだったんだろうと思うぐらい、一番の答えをもらえた気がした。相馬を見ていてあんなにモヤモヤしたのも、きっと羨ましかったんだと思う。やりたいことに夢中になれる相馬が。

「なら俺も、焦らず待つしかないなぁ」

「きっとすぐに出会えるよ」

そう言って相馬はまた弾き始めた。ずっと何もやりたいことがなかった。辛くて悲しくて何よりも自分が悔しかった。でも今は、やりたい事が見つかったその時は、その事に夢中になって頑張りたいと思える。

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