江藤くんはループしがち

西羽咲 花月

第1話

「ん、あれ?」



それはいつもの学校風景だった。



慶谷中学校2年A組。



節分が終わった2月8日の月曜日。



窓から見える景色はまだ寒々しく、しかしなんの代わり映えもしない教室内。



しいて言うならバレンタインが近づいてきていることでみんな少しだけ落ち着かない雰囲気をしていることくらい。



でも、今あたしが気になったのはそんなことじゃなかった。



「どうしたの亜美」



クラスメートで友人である中谷里香(ナカタニ リカ)がポニーテールを揺らしてたずねてくる。



あたしは首をかしげて「いやぁ、なんかおかしいなぁって思って」と、言葉をあいまいに濁した。



「おかしいってなにが?」



「それは、えっと……」



なにかがおかしいと感じたことは確かなのだが、違和感の正体をつかむことができずあたしはとまどう。



教室の空気がいつもと違うと言えばいいんだろうか。



それでも、教室内に広がっている光景はいつもと変わらないものだった。



「亜美?」



里香が不振そうな表情をこちらへ向けてきたので、あたしは慌てて笑顔を取り繕った。



「あ、あたしって人より敏感みたいでさぁ。なんんか変だなぁって感じることが多いんだよね」



あたしは説明しながら教室後方、生徒用のロッカーがある方へと歩いていった。



背の低いロッカーの上にはクラスで飼っている亀の亀吉がいる。



「たとえば亀の体調がよくないとか」



呟きながら飼育ケースの中にいる亀吉を確認する。



飼育係りさんが与えてくれたエサを一生懸命ほお張って食べている。



いたって健康そうだ。



亀吉の不調ではなかったみたい。



「じゃあ、教室内でなにか配置が変化してたりとか」



また呟きながら教室全体を見回してみた。



机の並び。



ロッカーの位置。



教卓が置かれている場所。



どれも先週までと同じ場所にあるみたいだ。



う~んとあたしは腕組みをして考え込んだ。



教室内で変わった場所はなにもないみたいだ。



それでも感じる違和感。



「あ、亜美ホームルームが始まるよ」



里香にそう言われて黒板の上に設置されている時計に視線を向ける。



もうすぐ先生が来る時間だ。



あたしと里香は慌てて自分の机に戻ったのだった。


☆☆☆


違和感の正体がわからないまま担任の男性教師がやってきてホームルームが始まった。



そしてすぐにいつもと違うことに気がついた。



先生はいつも穏やかな表情で、生徒たちを包み込むような笑顔を向けてくる。



でも今日はその表情がとても険しいのだ。



先生の違いを感じ取ったのはあたしだけじゃなかったようで、他のクラスメートたちも緊張した面持ちになって先生を見つめている。



「ホームルームに入る前に、みんなに知らせないといけないことがある」



教卓の前の先生はいつもより1オクターブ低い声で言った。



教室に入ってきたときから少しも笑っていない。



生徒たちの間に見えない緊張感が走っていることに気がついた。



先生は一度咳払いをすると、生徒たちを順々に見回した。



視線がぶつかった瞬間、つい視線を下げて逃げてしまう。



「今朝、同じクラスの江藤が死んだ」



静かな声が、静かな教室内に、爆音のように響いた。



一瞬自分の聞き間違いじゃないかと思った。



同じクラスの江藤君はあたしの隣の席で、今日は来ていないなぁなんてのんびりと考えていた。



衝撃が教室内に走り、先生の言葉を消化するために私語が湧き上がる。



先生はそれが静まるのを待って、また口を開いた。



「ついさっき連絡があって、先生もびっくりしたところだ」



先生は大きく息を吐き出して言った。



それを見た瞬間、頭の中が揺れた。



実際にはゆれていなかったと思う。



だけど、それくらいの衝撃があたしの中に訪れていた。



『今朝、同じクラスの江藤が死んだ』



さっきの先生の言葉が頭の中で繰り返される。



しかし、頭の中の先生は服装が違った。



今日はスーツ姿だけれど、頭の中の先生はもっとラフな格好をしている。



『今朝、同じクラスの江藤が死んだ』



もう1度頭の中で同じセリフが流れた。



今度の先生はジャージ姿だ。



ぐるぐると回る思考回路。



あぁ、あたし、これを何度も経験したんだ。



不意に今朝からの違和感の正体が明白になった。



そう、あたしはこれを何度も経験してる!



江藤くんが死んだと聞かされる衝撃的な場面を何度も見てきてる!



ハッと我に返ってクラス内を見回す。



クラスメートたちはなにも気がついていない様子で驚きの声を上げ続けている。



そして先生が口を開く。



「江藤が死んだ原因は――」



そこまで言って、先生の声がゆがんだ。



それだけじゃない。



教室の風景、友達の顔がぐにゃぐにゃと原型を失い、崩れていく。



自分の手を見下ろしてみると、その手もゆがんでいた。



「自殺だ」



先生の声が聞こえた瞬間、あたしは目覚めていた。



サイドテーブルから聞こえてくるスマホのアラーム音にビックリして体を起こし、音を止める。



ついでに曜日を確認した。



2月3日。

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