第62話 封印事件フラグ
人間と並ぶと、ジャジャマルってかなり大きいんだな。
少し離れたところから両者を眺めていれば、ふとそう思った。
只今は、結界を張り終わったマタチとジャジャマルとが、互いの群れのリーダーとして今後の会談をしている最中である。ここら一帯の縄張りの主はジャジャマルなのだから、この話し合いに俺が出るのはお門違い。だから、こうして彼の子分たちを守るように控え、リーダーたちが話を終えるのを見守っていると言うわけだ。
そこで改めて思うのは、ジャジャマルの大きさについてである。もたげた鎌首が、成人男性であるマタチの視線を越えているような大蛇である。そんな”化け物”を、不意打ちだったとはいえ劣勢に追い込んだマタチは、やはりかなりの凄腕なのかもしれない。敵ながら、その腕前には感心せざるを得なかった。
さて、そうやって彼らを観察しているのも良かったのだが普通に飽きた。なかなかに長引いているのである、この会議は。
いや、長引くことに関しては、自分の時間を持て余しまくっている俺としては別にいいんだ。それくらいは余裕で待てる。だが問題は、先ほどから意識の隅に押しやろうとしているのにぶり返してくる、先ほど現実逃避をしたばかりの”最悪の未来”についてなのだった。
だけどまぁ一応? 認めたくはないが、その、「原作の修正力」というものが本当に存在していると仮定した時の未来パターンがあるんだとしてだ。ちょっとばかり予測を立てておくってのも、今後のために役立つかもしれないし、ほんの少し考えてみるのもアリかもしれない。別にまだ本当に修正力があると決まったわけじゃないからな。一応だ。一応。
あくまでも仮定の話だから深く考えちゃいけねぇ。アイデアロールに成功したら自分の正気度を削るだけで何のメリットもないんだから。
それで本当に修正力があるのだとすれば、やっぱりこのあとの原作イベントも回収されることになるのだろうか、という疑問点が浮上してくるのだ。
今回の「角蛇強制引っ越し事件」の次の事件と言えば……これから百年後くらいだったか? とにかくそれくらい後に、人間側からの結界破壊で始まった戦いで、またもや角蛇の領土が侵略される事件が起こるはずだ。いや、あくまで時系列順に進んだら、の話ではあるが。
そんでもって原作では角蛇のトップにあったラスボス君が、スサノオとの戦いで消耗してたはずなのに、この一件で怨念パワーを充填しちゃって、ブチ切れのままに都へ襲撃。そんでもってその都のマッドサイエンティスト術士に防衛と称して封印されるって話だったよな。そこで原作軸冒頭の封印状態になるってわけだ。
ラスボス君の神生の中では、1,2を争う盛大なターニングポイントである。
……んー? まてまてまて。これ、もしも修正力がかかったら、俺、封印されちゃうってことなんだろうか。しかも、恐らく今が飛鳥時代だったとして、原作の開始地点は近未来って設定だったはず。
お? これって何百年間封印されるってことになるんだ……? いや、百年単位ですらないなコレ。千年を余裕で数百年オーバーしちゃってる状態だな。え? それだけの期間ずっと閉じ込められてたってことなんだよな、原作のラスボス君。
はじき出されたちょっと信じたくない数値に、思わず眩暈がした。
うっそだろ、絶句するわこんなもん。千年オーバーだなんて莫大な年月、今の俺には想像すらも出来ない。
一度封印されたら最後、対象は実体をなくして真っ暗な器の中にひとり孤独に閉じ込められるのだ。しかも、その術が解かれることが無ければ、そのまま暗闇の中に取り残され自然消滅を待つことになる。この特性あって、封印術は”最も残酷な術”として妖怪たちに忌み嫌われていた。
しかし一応、ラスボス君は特殊で、意識だけなら外に出られるという設定があったはずだ。でもそれは、人や妖怪に寄生しながら生活していかなければならないということ。”自由”なんて言葉とは程遠い、それこそ生き地獄みたいな生活であることには変わりないのだ。――それが千年プラスの数百年も続くだって!?
不思議と笑いが漏れ出る。
それに、側に控えていたジャジャマルの配下の小さな角蛇が不思議そうにこちらを見上げて来たが、触手でその頭をポンポンと撫でて誤魔化した。
やっべぇ、ちょっと俺ラスボス君があれだけ原作で暴れまわった理由が分かっちゃったかもしれない。俺もおんなじことされて、モラルをなくさない自信が全くと言ってもいいほど無い。
これでスサノオの時のように回避が出来たらいいのだが、約百年後に出会うであろう凄腕術士が、あの話聞かない戦闘狂みたいなタイプだったら、大分フラグ回避が難しくなってくるような気がしてくる。
しかしそこで救いの発想が降臨した。
よく考えて見れば、次の事件に関しては、ラスボス君が都を襲撃したから結果的に封印されることになったわけだ。ってことは、封印自体は人間側の正当防衛の結果として、ってことになる。
なら俺が逆切れして都に突っ込まなけりゃいい話なのでは……?
ハイ勝利。俺の完全勝利だコレは。
心の中でビクトリーポーズをキメる。押し寄せる安堵に、さっきから撫でっぱなしだった子蛇の頭を盛大に掻きまわした。完全な挙動不審だが、子蛇は嬉しそうに笑っているから問題はない。
さて、気を取りなおしたのはいいが、この仮説通りに行けばサラっと人間側が約束を破ることが確定事項になってしまうことに思い至る。
いやー、でもね、ウン。そもそも修正力ってのが俺の仮定というか、想像に過ぎないんだからね、ウン。気のせいとかマグレだとかで、本当存在しないのかもしれないじゃん? ならまだ張られたばかりの結界が破られた時のことなんて、取り組む必要はないと思うわけよ。それにもしも角蛇達のこの新住居が奪われるんだったとしても、それは今じゃない。百年後のことなのである。それならばその時のことはその時に解決すればいいと俺は思うわけだ。
そうだよ、未来ってのは白紙なのさ。何が起こるか分からない白いキャンバスってね。起こっても無いことをうたうだと考えるのはアホみたいな話だ。明日のことを言えば鬼に大爆笑されちゃうってね。
……はっは、こーら、そこの縁受信機関こと俺の角さんや。”山に住居を移したところでその内、葦原に棲み続けるよりはましだけれども、それなりの悪縁が飛んできそうだ”なんて妙に具体的な情報をキャッチするのは止めなさい。それはきっと誤報か気のせいです。気のせいったら気のせいなのです。
そんな風にぐるぐると現実逃避をしていれば、気づけばいつの間にか場もお開きムードで、それぞれの陣営がそれぞれの住処へと帰って行こうとしていた。
しかし、ようやく念願の解散タイムになったのにもかかわらず、何故か俺の心は先ほどよりもずっと曇り空となっていた。あれれー、おっかしいなー。
けれど、どれだけ心中曇天模様で在ろうと、今俺にはジャジャマルに問はねばならぬことがあったのだ。
人間たちの気配が山から一人残らず出て行ったのを確認し、ジャジャマルの方へと向き直る。
『ねーえ、ジャジャマルくぅん。人間達もいなくなったことだしさ、そろそろ話してもいいよね。
……今回は、何を対価にしようか』
ひっじょーに申し訳なく思いながらもそう切り出した。
今回、俺とジャジャマルの間には”契約”が成立してしまっているのである。ジャジャマルが”願い”を口にし、神力を持つ俺がそれを呑んだのだ。神力を介して交わされた口頭での約束事に、しっかりと結びついてしまった”契約”と呼ばれる特別な縁は、俺の意思の介入できない、いわばこの世の摂理に基づいた正式な取引。一度成立してしまえば、願いを叶えることと引き換えに、契約者に対価を必要とするのである。
もしもこの対価を得られなかったとき、そのしわ寄せは契約に関わったものすべてに押し寄せて来るらしい。なんでも、この世の摂理に反することをしたと見なされれば、”歪”とかいうよく分らん空間の歪みが発生し、世界のシステムに綻びが生まれてよろしくないことが起きるんだとか。
ちなみにその”よろしくないこと”の詳細は、先輩の神々もよく知らないらしい。けれど、そんな神々の間でタブーと成っていることをわざわざ犯したくもないし、踏んだり蹴ったりのジャジャマルには悪いが、ここはきっちり取り立てさせてもらわねば。
すると、ジャジャマルは神妙に肯き言った。
『ええ、我が一族を守り通していただいたのです。もちろん対価にはそれ相応のものを。
―――私めのこの命、受け取ってくだされ』
『はい却下ァ!!』
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