第46話 創業、ヤトノカミコーポレーション

 日本全国遊行の旅も楽しそうではあったけれど、まだ一つどうしても取り払えぬ心残りがあった。

 もし俺が何もせず村の外に行ったのならば、守り神様ひとりに神様家業を全て押し付けてしまうことになってしまうのだ。


 今更何だという話ではあるけれど、気づいてしまって尚も放置するだなんて非情なことをできるはずもない。それにマイホームを建ててもらった上、信仰ぱうわまで定期受給してるってのに何のお返しもしないってのは、ヒトとしてちょっとどうかとも思うのだ。


 どうしようかと悩んでいれば、そんなものはお見通しだとでも言うように守り神様に鼻で笑われた。


『妾のことは気にせぬとも良いわ。またかつての暮らしに戻るまでよ。なぁに、今まで妾一柱ひとりでやってきたのじゃ。祀られるようになってからも、信仰を受け取るだけ受け取って、何の施しも無しに村を放置して放浪していたような輩に憐れまれる筋合いはないわ。今更お主が手伝おうがなかろうが変わらぬよ』


『ぐぅ……』


 ぐぅの音は出た。でもその通り過ぎて何も言い返せないし、改めて申し訳ないでござる。

 押し黙った俺に対し、守り神様はすっかり興が覚めたとでも言うようにやれやれと首を振っり、次いでその太く長い尾が動かされて、守り神様の腰かけるその隣に俺はすとんと下ろされた。ぎっちりと締め付けられた束縛が解かれ、腕が自由に動かせるようになる。


『まぁ、祟り神を祀る意義は、怒りを鎮めて平穏を保ってもらうことに尽きる。そも、何故か最初から狂っておらなんだお主は、何もせぬとも常に条件は満たしていることとなろう。

 それに有事のことがあれば、社を通じて人の子の願いがお主に届くことじゃろう。その時に戻ってきてくれれば、後は何をしていたところで妾の知ったことではないの』


『ヒサメ様……』


 何でもないことのように言われたその言葉に、温かい気遣いが含まれていることに気づかないほど俺は鈍感ではない。


 ああ、本当に優しいなぁ。自由に生きたいって俺の思いを守り神様は応援してくれてるんだ。

 ほんと、こちらの世界の神様って基本的にみんな寛容ですっごい優しいんだ。あの自称神のヤローと違って。面倒見だってとってもいいんだ。自称神のヤローとは全く違って。


 だってのに、あの野郎はこんな優しいヒトたちにハグレ魂っていう臭いものを押し付けて処理させようとしたわけってことじゃん?

 ないわー。マジでないわー。ドン引きだわこんなもん。


 おおっと、これはいよいよラスボススキルをフル活用した全力の最大級の呪いをお見舞いしてやらねばならなくなって来てしまいましたな。フルボッコにしてやらねば気が済まない。まあ、もともと凹すのは確定事項ではあったけども!






 とまあ、そんなわけで全国旅巡りに行くことが確定したのだけれど、やっぱり何かしらは手伝いって気持ちは変わらない。だから、付近の山に住み着いていた妖怪集団と山の蛇さん達と眷属契約を交わして、守り神様の神様家業を手伝ってもらうことにした。

 オイコラそこ、結局部下にやらせてるだけとか言うな! その通りだ!


 でも対価はちゃんと払ってるからブラックじゃあないんです。労働基準法に基づいた正式な雇用の元働いてもらっているのです。


 眷属契約というのは、「どの種類でもいいから力をお給料として分け与える代わりに、その相手に眷属(部下)になってもらう」というものだ。眷属としての名称は与えた力によって違って、霊力であれば”式神”、妖力であれば”眷族”、神力であれば”神使”と呼ばれることとなる。そうして誰かを眷属とすれば、そいつは分け与えられた主の力を一部使えるようになるんだ。


 でも物事には悪い面ってのが必ずあるもんで、この契約は、主となる者が眷属となる者に名前を付けることでもって成されるのだが、それにより眷属の魂が縛られてしまうのだ。要は、奴隷契約を交わしているようなものなのである。


 魂を縛るってのは、自由を奪うってことだ。一度対象を眷属にしてしまえば、主は部下に強制的に何かをやらせたり、逆にその行動を制限することも意のままに出来てしまうのである。


 だけど、俺はモラルある祟り神なので? ラスボス君のような、意思を乗っ取っての24時間不休の殺戮任務からの使い捨てとかしないってゆーかぁ。


 職権乱用それすなわちバッドエンドルート強制乗車確定。ちょっとのやらかしが命とりなのである。というか、普通の精神してたらラスボス君みたく出来んわ。

 ってなわけで俺はパワハラ運営は断固致しません。「ホワイト運営で円満な職場づくりを」をモットーにピュアホワイト経営をしていこうと思う。ヤトノカミコーポレーション、ここに誕生である。




 ”声”をつかえば心と心でエブリシング丸裸トーキング。読心術みたく心の内が伝わってくるもんだから言葉を放せない連中とも会話が出来るのだ。

 というわけで、とりあえずいろんな動物や妖怪に話しかけて勧誘しては、気に入った奴から即採用。そこで眷族や式神になってもらった者たちには、村の守護や山の治安の維持などを任せることにしたり、採用した者のうち特に気に入った子たちとは神使契約を交わして、守り神様の術のサポートに回ってもらうことになった。


 因みに俺の神使になると、漏れなく角がオプションで生えてくるのだが、お揃いペアルックが趣味みたいに見えるからちょっと恥ずかしかったりする。神使たちは喜んでくれてるんだけど。






 そんなこんなで晴れて気兼ねなく村を離れることが出来るようになり、一の眷属であるアニウエだけを連れてのんびりと旅に出ること早数か月。気ままに旅をするってのはなかなかに楽しいものだ。


 道中は基本幽霊モードで移動することにしている。

 状態の維持も楽だし、この物理法則抜きの動きをするのがめちゃくちゃ楽しいのだ。空だって飛べる。あんまり高いところは飛べないんだけどね。それに人からこの容姿を見られることも無いし。


 人間に化けて旅をしてもいいのだけれど、変化の術を使ってる時ってなんだか窮屈に感じるんだよね。だから旅人を装って人里にお邪魔するとき以外は、今のところこの術は使っていない。

 スーツで山道を爆走するのとジャージで滑走するのとでは、ジャージの方がいいに決まっている。


 ならば何故同じ楽ちんな格好であるヒトガタ形態でいないのかと言えば、少々下界にいる分には適さないのである。


 だって走れば一歩200m、ジャンプをすれば山をひとっ跳び、大木を引っこ抜いてブン回したり、麒麟とだって楽々並走、競剣を振れば海がモーセだ。大岩砲丸投げで飛距離を競ったりだってできる。

 言い換えれば、全力で走れば地面が割れ、ジャンプをすればクレーター、大木と大岩は投げなければいい話なんだけれど、ちょっとストレスを晴らそうと浜辺で素振りをすれば海が割れるのである。

 因みにこれらは全て、天上界で神々と本気の遊びをやっていた時の出来事である。


 実体を持ちながらえげつないパワーを持っているため、そんなことを下界この場でやれば、器物損壊罪で上のヒトたちに絶対に怒られること間違いなしだし、普通に歩いていたとしても、見た目がオバケだから誰かと出くわせば失神されるのがオチである。


 その点幽霊モードでは環境破壊をすることも無ければ、”視える人”にしか見えないし、”視える人”というのは日ごろからグロ耐性が付いているから、見られても会釈を返すくらいで問題なし。

 まあ、物理法則無視で何でもすり抜けることが出来るかわりに、逆にすり抜けるせいで地面を蹴って加速することが出来ないももんでゆっくりとしか進めないんだけどね。

 基本的にフワフワと浮いている状態で、進む速度も人であった時のころとさほど変わりないのだ。

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